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ファンシーのneroのレビュー・感想・評価

ファンシー(2019年製作の映画)
3.5
いつだって新しい才能の誕生に立ち会うのは嬉しい。本作は廣田正興監督の商業長編デビュー作で、原作山本直樹に窪田正孝/小西桜子という初恋コンビと永瀬正敏が絡むというので気になっていた。しかも小西桜子はこれが実質デビュー作という。コロナで営業休止の前日滑り込みで劇場へ。観客二人きりという超”反”密状態で鑑賞。

あのペンギンマスクで原作の映像が断片的に思い浮かんだ。詳しい内容を思い出せなかったので帰宅後本棚を探した。原作が収録された短編集が初版・再刊合わせて何故か3冊も出てきた。山本直樹は森山塔時代から好みの作家ではあるけれど、よほど気に入っていたのかボケていたのかわからない。多分後者だろう。
詩人として人間社会に”遠くから”関わる一匹のペンギンと、人間社会から逃避したいポエムな女とのひとときの交歓を描いた30ページほどの短編漫画から、ここまで濃密な世界を作り上げてみせた廣田監督の力量には素直に感嘆する。

映画では「ペンギン」を名乗る隠棲ポエマーと、”世界”に対するインターフェイスである「郵便屋」の関係性が主となる。そして、二人の淡々とした日常に闖入してくる女「月夜の星」。山本直樹の作品の女達は、いつも何を考えているのか見せない半透明感としたたかさを持つ存在として登場する。本作でも、その名の通りどこか存在があやふやなまま、彼女は「ペンギン」の結界を侵食しはじめる。

「郵便屋」に「彫師」というもう一つの顔を与え、全体の観測者として配置したことが大きい。
彼の周囲で起こる暴力団の抗争や、勤務先での軋轢。田舎の温泉街で絡み合う人間達はすべからく二面性を持って描かれるが、かといってそれぞれの人生はつながることはないし、「郵便屋/彫師」が主体的に関わることもない。どこか別の世界の事象のようだ。
彼にとっての”リアル”は、別れた娘や先代彫師である亡き父、あるいは針によって刻み込む肌にしかないのかもしれない。施術場に立つ「月夜の星」の裸身は、その背中は、彼にとって”向こう側”へのインターフェイスたり得たのか?

一方の「ペンギン」もまた自身の”リアル”を探求する。性的に不能であるからといって”聖性”を担保することにはならない。ストリップで”俗”に覚醒したように見える「ペンギン」は、自ら”世界”へ出ようとするが、灼け付く”リアル”の痛みに耐えかねて自分の結界内へ戻るしかない。それでも願望は消えることはない。
「月夜の星」が消え、二人はぼんやりと”向こう側”を夢見続ける。

廣田監督の構築したこの世界に浸るのはなかなか心地よかった。難を言えば少々長い。90分くらいでキレよく収めることも可能だったろう。田舎の温泉街の描写は素晴らしかった。コロナ禍が収まったらぜひ戸倉上山田温泉へ行ってみたい。
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