平野レミゼラブル

Our Friend/アワー・フレンドの平野レミゼラブルのレビュー・感想・評価

3.2
【綺麗事じゃない。だけど綺麗な家族と親友のお話】
元ネタは米国シカゴの名門誌『エスクァイア』に寄せられた『The Friend: Love Is Not a Big Enough Word』というエッセイで、それに基づいた実話ベースの映画。
あらすじを書くと「記者のマット・ティーグとその妻ニコルは2人の娘と共に幸せな生活を送っていた。しかしニコルが末期癌を発症して以降、マットは妻の看病と子育てに奔走して疲弊してしまう。そんな中、夫婦の共通の親友であるデインがティーグ家に住み込み、己のプライベートさえ犠牲にして彼ら一家を支え続けた。これは一家と『Our Friend』であるデインの闘病の物語である」といったところ。
正直、あらすじを見た限りでは『奇跡体験!アンビリバボー』の後半30分で紹介されてそうな話だなという印象であり、そんなお涙頂戴系の物語を観るノリで試写会に参加しました。
しかし、これが軽い気持ちで臨むにはあまりに重く、そして終末医療の苦しさが克明に描かれた作品で圧倒される。そんな綺麗事だけじゃない現実を描きつつ、それでもデインと一家の“友情”の物語に帰結するのがとても綺麗でした。

再現ドラマのような映画だと勝手に思っていたので、物語構成を割と複雑にしていたのは驚きでした。
初めに子供たちと遊ぶデインと、癌が末期となり余命幾何もないことを子供達に知らせる決意を固める夫婦という後半の時系列を映し、その後はデインと夫婦が知り合う「友情の始まりからの時間軸」と、「癌発症からの時間軸」を交互に進めていき、終盤で冒頭部分に合流する…という形式。
その中で特に印象に残るのはデイン。彼はスタンダップコメディアンを目指して、ニコルと一緒の劇団に入っているのですが、計画性がなく、さらに既婚者と知らなかったとはいえニコルをデートに誘ったくらいに軽い男です。そのため、マットからの第一印象は最悪だったのですが、癌発症後の時系列ではティーグ家の子供達にも慕われており、夫婦の代わりに家事を率先してやる姿が目立つため、その優しさにマットも心を許して親友になったのだなと察することが出来ます。

しかし、デインの献身というのは度が過ぎているきらいがあり、折角出来た彼女すら放ってティーグ家の面倒を優先している姿ってのは、いくら親友の為とはいえ自己犠牲が過ぎないか?って思っちゃうんですよ。
そして、過去の時間軸ではマットの仕事が軌道に乗るのと引き換えに、家庭を顧みなくなる流れが展開されているため「もしかしてデインはマットの留守の内にニコルと関係を持ち、その負い目や恋慕から献身的になっているんじゃないのか?」という疑念すらよぎります。
この交互に来る時間軸のギミックで仕掛けた伏線や布石、考察材料が中々効果的でして、このような良からぬ考えをもが物語を推進させる原動力となっています。

その上で、デインが夫婦の…いやティーグ一家の為に尽くしている何気ない、でも何よりも大切な動機が明らかになる部分で大いなる感動を生むのです。
確かに過去に色々あったし、そのことが尾を引いて悪いことが起きることもあります。しかし、そんな酸いも甘いもひっくるめて長く続いたティーグ家とデインの友情は永遠であり、かけがえのないものなのです。
デインがいかにティーグ家の支えとなり、デインもまた一家に救われていたことがわかる、持ちつ持たれつの人間愛が美しい。


デインと一家の友情を確認してからは一安心なのかと言うと、そうでもないのが本作の特色。
予告でもあったニコルが『死ぬまでにしたい10のこと』を書き連ねて実行するサマなんかはコミカルではあるんですが、これすら全てやり尽くしちゃったら後に残るのはお別れだけですからね……明るく生きることをどこか“義務”にしてしまっている節のあるニコルは痛々しいですし、その内面を感じ取って精神的に参るマットと、彼を必死で元気づけようとするデインの関係もまた暖かくも胸が痛い。お別れは綺麗事で漂白できるものではなく、ただひたすら辛いことの連続でもあるのです。

本作が描いているのが綺麗事だけじゃないことが一番よく現れているのは、終末医療描写でしょうね。末期癌への治療薬の影響で心まで病み、疑心暗鬼や脅迫観念に囚われ、暴言を喚き散らすニコルの姿をも克明に描くのです。
あんなにも優しかったニコルの人間性がボロボロになり、あそこまで尽くしたデインにも「出ていけ!!」と掴みかかり罵るサマはあまりにショッキング。時系列シャッフルでより顕著となるリフレイン描写も相俟ってキツイ描写となっています。
いくらでもお涙頂戴の美しいお話にも持って行けたにも関わらず、こうしたリアルにキツイ難病の現実をも描くのが「実話を基にした映画」として非常に真摯な姿勢で素晴らしいです。

このように綺麗事だけじゃない現実を切り取った作品でもあるからこそ、紛れもない綺麗な現実である「ティーグ家を愛したデインの物語」が映え、さらに大きな感動を生み出すことに成功しています。
決して良いことばかりではない。明るいだけじゃどうしようもない。それでも楽しい時はわかち合い、辛い時は寄り添い合う、かけがえのない『Our Friend』が確かに存在しているという事実にホロッとさせられます。