むぅ

プリズン・サークルのむぅのレビュー・感想・評価

プリズン・サークル(2019年製作の映画)
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あぁ、頭の中で手紙を書いてみたらいいのか

"怒り"の感情が苦手だ。
いや、正確に言うならば"怒りを言語化"するのが苦手だ。
もちろん日々の生活で、ムッとしたり、イラッとしたり、カチンとする。ムッとやイラッとは自浄作用が働くけれど。
20代前半の頃、どうして激しい怒りを感じると涙が出るんだろうと自分が嫌だった。
喜びであったり、悲しみ、心配、嫉妬、その他たくさんの感情は自分の中で観察・整理・見直して言語化するという流れが少しは出来るのに、怒りになった途端にその流れが全てストップする。

何がきっかけでそれに気付けたのかは正直覚えていない。
でも、その怒りを一度脳内で手紙にしてみると私なりにスムーズに"言語化"出来る事が増えた。
例え脳内であっても"書く"というのは私の中で身近な手段なのだ。
それと同時に、言葉には敏感な方だからこそ、相手を傷つけようと思ったら凄まじい威力を持つ言葉を選べてしまう事も知ったような気がする。


舞台は刑務所
でも刑務所についての映画ではない。
そこで生きる人たちの、それまでの物語と、これからの物語を描く。
彼らが犯してしまった罪、そこに至るまでの思いを紐解いていく。

言語化することの出来ない"負"の記憶は、自らを傷つけたり他者を傷つけたりすること。自覚されず言語化されない被害は、時に加害へと連鎖していくということが映し出されていく。

取材許可が下りるまで6年、撮影に2年、それを含め公開までに10年を要したドキュメンタリー。

舞台の島根あさひ社会復帰促進センターは、官民協働の新しい刑務所。
受刑者同士の対話をベースに犯罪の原因を探り、更生を促す「TC(Therapeutic Community = 回復共同体)」というプログラムを日本で唯一導入している。

そのTCを通して、なぜ自分は今ここにいるのか、いかにして償うのか?彼らが向き合うのは、犯した罪だけではない。幼い頃に経験した貧困、いじめ、差別などの記憶。痛み、悲しみ、恥辱や怒りといった感情。そして、それらを表現する言葉を獲得していく。

自分に嘘をついたり、気持ちを無意識に加工してしまった事の経験のない人っているのだろうか。

TCを通して、彼らは自分の奥底に埋めてしまった言えなかった言葉や辛い記憶を少しずつ手に取り"言語化"していく。辛い作業だ。
そして、自分から出てきた言葉に驚き苦しみながらも、自分の言葉で話す。そして相手の言葉を聴く。
スクリーン越しに、最初は"無"だった彼らの声や仕草、言葉が色付いていくように感じる。モザイクのかかったその表情でさえも。

「更生」とは何か?
その真意を問うドキュメンタリー


▼パンフレットより。
【TC】
Therapeutic Communityの略。
「治療共同体」と訳されることが多いが、日本語の「治療」は、医療的かつ固定した役割(医者ー患者、治療者ー被治療者)の印象が強いため、映画では「回復共同体」の訳語を当てたり、そのままTCと呼んだりしている。
英国の精神病院で始まり、1960年代以降、米国や欧州各地に広まった。TCでは、依存症などの問題を症状と捉え、問題を抱える当事者の治療を主体とする。コミュニティ(共同体)が相互に影響を与え合い、新たな価値観や生き方を身につけること(リハビリテーション)によって、人間的成長を促す場とアプローチ。

【島根あさひ社会復帰促進センター】
2000年代後半に開設された4つの「PFI(Private Finance Invitative)刑務所」の一つで、犯罪傾向の進んでいない男子受刑者2000名を対象としている。
施設環境全体を回復、更生への手段とみなし、生活全体を学びの場とする「回復(治療)共同体」、犯罪行為に繋がる思考や感情、その背景にある価値観や構えをターゲットとして、効果的に変化を促進する「認知行動療法」、社会の一員であることを意識し、加害行為の責任を引き受ける力を養う「修復的司法」の考え方を教育の3つの柱にすえ、受刑者の犯罪行動の変化や社会的態度の変化を目指す。
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