ヨーク

ようこそ映画音響の世界へのヨークのレビュー・感想・評価

ようこそ映画音響の世界へ(2019年製作の映画)
4.0
『ようこそ映画音響の世界へ』というタイトル通りに最初から最後まで映画の音に対する話題のみという渋いドキュメンタリー映画なのだが、何やらめっちゃ客が入っているらしい。俺も最初に観る予定だった日は完売していて次の休日まで持ち越してしまった。完売連発なのはそもそもやってる劇場が少ないことと、客席半分で回していることも大いにあるとは思うがそれでもこんなに埋まっているとは驚きである。みんなそんなに映画音響に興味あったの? と思ってしまう。まぁ劇場に客が来ているのはいいことなので文句はないんですが。
しかし映画って宣伝としては多くの場合がまず主役の俳優の名前、あと原作付きやシリーズものならその原作やシリーズのタイトル、その次くらいに監督の名前が宣材として使われると思うのでやっぱ音響とかそこまで気にしていないと思うんですよね。ジョン・ウィリアムズくらいのレジェンドなら予告編で名前が出たときに、おぉ! と思うかもしれないけど、それでもジョン・ウィリアムズが音楽担当するなら観ようってなる人はどれくらいいるだろうか。ちなみに俺は川井憲次好きだけどそれだけで観ようとは思わないですかね…。まぁ本作は劇伴だけでなく映画内での音全てが対象のドキュメンタリーなので作曲家だけが重要というわけではないけれど、それならばなおのこと本作で語られる内容は多くの映画ファンでもそこまで気にしてなかったという人が多いのではなかろうか。そこまでというのはSEだったり環境音だったりセリフとBGMとの音量のバランスだったりというところである。
本作はそういう、マジで音響関係(そこは映画に限らずゲームとか舞台とかでも)の人しか気にしないんじゃねぇのという細かいところまでスポットライトを当てられていたので大変面白かったんだけど、それと同時に何でこんなにマニアックな題材のドキュメンタリーにこんなに客が入ってんだよ…とも思うのである。テレビとかでめっちゃ宣伝してたりするんですかね。
映画は大きく分けて前半と後半に分かれていて、前半は映画史と共にその音響の歴史を語り、後半は映画における音響の仕事を細かく分けて紹介するという作りになっている。前半と後半で趣向が変わるので単に飽きないし、あとマニアックな話題を取り扱いながらも要所要所でスターウォーズの制作エピソードとかコッポラとかスピルバーグとかラセターの話題を出してくるので俺のようなにわか映画好きでも引き込まれてしまうのが上手いなぁと思いましたね。俺、全然スターウォーズファンでもないけどチューイの鳴き声の件とかへーへー! を連発してしまったのでそういう映画トリビア的な楽しみ方もできる。あとトップガンのエンジン音とか。まぁスターウォーズのガチ勢にとってはチューイの鳴き声など周知の事実なのかもしれないが。音響がモノラルからステレオへと進化していくという技術の進化も当然きっちり紹介されているのだが、実際に劇場内に響く音でその違いを説明してくれるのだから音響に関する教材としても分かりやすい。多分本作の感想で一番多いものとして「これは劇場で観る(聴く)べき!」てのがあると思うけどそれは全くその通りだと思いますね。
しかし俺が一番面白かったのは最初から最後まで徹底的に映画における音を題材にすることによって、映画というものが如何に作り物なのかということを実感させてくれるということだった。役者の演じるキャラクターの息遣い一つとっても撮影時に録音されたものだけでなく必要とあれば別録するし、ミキシングするときには様々な加工が施される。当たり前だけど映画ファンが自分の人生を変えた聖典のように崇めるような作品でもほとんどが意図的に加工、編集されたものなんですよね。その辺、役者の役作りや名演技エピソードや映像の編集や撮影技術(実はあのシーンはCGじゃなかった!みたいな)ことはよく語られるけど音響関係に関しては相当なマニアでもないと立ち入らなかった領域だろう。その辺りを解体して説明してくれるので本作はある意味では映画の神秘性を暴くような側面もあったんではないだろうかとも思う。そこがすごく面白かったっすね。ビームの音とか魔法の音とかそういう現実にはないものにもちゃんと裏はあるのだというネタ明かし的な部分が興味深かったわけだけれど、しかしそれは裏を返せばビームや魔法にそれらしい音を付けるだけでまるで現実に存在するような錯覚を覚えるということでもあるんですよね。凄いよなぁ、と思う。
そして映画の最後も仕事(映画制作)ばっかしてちゃダメで、大事なのは家族や友人との現実での時間だという風に締めるわけですよ。現実がクソまみれで映画にしか逃げ場のないような人間(俺のことだが)にとってはいきなり背中を撃たれるような感覚ではあるがでもそこがやっぱ一番この映画で良かったところですね。映画なんて所詮作りものなんだよ、映画ばっか観てんじゃねぇよっていう。
そういうのも含めて大変興味深いドキュメンタリー映画でしたね。眼福ならぬ耳福な映画だった。
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