マンボー

空に聞くのマンボーのレビュー・感想・評価

空に聞く(2018年製作の映画)
4.0
センセーションやサプライズ、外連味などが全くなく、淡々と風景や日常、普段着のインタビューを切り取って、手作りの額に入れて見せてくれているようなドキュメンタリーだが、この題材にこれだけ心を動かされ、感嘆させられたことは我ながら驚きで、観終わった後もまるで魔法にかけられたような気分が残っている。

舞台は岩手県陸前高田市。北東に岩手県大船渡市、南に宮城県気仙沼市に挟まれた陸前高田は、東日本大震災による津波の被害を受けて、海辺の町は壊滅してしまい、一旦瓦礫を撤去して、地盤沈下をおこした土地をかさ上げし、場所によっては防潮堤を造るなどして、改めて更地から新たな街を作ろうとしている。

カメラが追うのは、そんな陸前高田で震災によって夫婦で切り盛りしていた和食屋と実家を津波で無くし、放送業についてはまるで素人ながら、誘われて「陸前高田災害FM」のパーソナリティを三年半務めた当時、四十代中盤だった阿部裕美さん。

プレハブの事務所での彼女のラジオ放送の風景、被災者の仮設住宅を訪問したラジオのインタビュー、寂しい通りでその火を絶やすまいと行われている地域のお祭りと、ラジオクルーの様子。パーソナリティ最後の日。そして更地を嵩上げしたかつての街にポツンと新たに夫婦の和食店を開店させた様子。その時々の阿部さんの自然体の言葉を拾い上げ、彼女と街の様子を映像におさめてゆく。

阿部さんの口からこぼれたエピソードが、その後しばらく時間が経過した映像で確認できて、その心情が伝わってきて胸にせまるシーンもあり、それが静謐のうちに描かれているのも好ましく、心の琴線に触れた。また、題名にもなっているこの土地の人々にとっての空の意味や、だからこその映像なども胸に沁み、かつ目をみはった。

一見、何てことないエピソードの積み重ねのように思えても、一人の人と一つの街を繊細かつ丁寧に撮り続けたことによって何とも言えない温かみが加わり、その街で暮らす一中年女性の思いと、被災地の街と人との現実がしっとりと胸の奥に染み込んでくる。

被災地を撮影した映像や動画はたくさんあるけれど、本作はその中でも特別な価値を感じさせる本当に秀逸な映像作品だった。