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すばらしき世界のmazdaのレビュー・感想・評価

すばらしき世界(2021年製作の映画)
4.0
正義感の強い人というのは、圧倒的に生きにくい。まあいっか、という手の抜き方ができない。鬱病も真面目で几帳面な人ほどなりやすいというし、なんだか不公平にも思うけど、意思の強い人ほど生きていくのに実は苦労していると思う。

考えを持たずただヘラヘラ生きていれば、きっと何にも気にならない。これ相手に言った方がいいけどめんどくさいからいいや、これやった方がいいだろうけど目立つからいいや。
くっそださいけど、何でもかんでも人に合わせて自分の意思をもたずにふわっと生きてる方が楽なのかもしれない。そんなの死ぬほど普通でつまらない人生じゃんと思うけど、はみ出すことを恐れる人というのはそういう人生を求める。そういう生き方をしている人はめちゃくちゃ多い。

介護施設での一連のやり取りでは何が正解なのかわからなくなってしまった。間違っていることを"間違いだ"というのは正しいはずなのに、もしも脱線してしまった時、どんな理由があっても罪を犯した人という囲いからは出られない。
今までの三上のやりすぎた怒りはどれも、1から10で話を見たら怒ったことは正しかったと言えるはずなのだが、結局度を過ぎてしまった時、そんな事情を丁寧に汲み取ってくれるほど世の中の人は優しくない。

中学校でいじめを受ける誰かをもしも救えば、救ったその人もいじめの被害者になる。よくいじめから救ってくれた!と学校側は讃えてくれない、そんなことで簡単にいじめはなくならない。平和な学校生活はきっと送れなくなる。自分が普通に生きていくために見て見ぬふりをする。付き合う人間を選ぶ。 
そういうものが社会に出てからも溢れている。そして私たちはそういう世界でどうやって生きるのが楽か知らぬ間に学んでしまっている。この人にはこれは言わない方が良いとか、ここは目をつぶった方がいいとか、誰から聞いたわけでもなくできるようになっている。

そういう意味では、作中三上は器用な人間として描かれていたけど、本当は不器用な人間だろう。悪く言えば短気だかよく言えばまっすぐで芯のぶれない人。そういう人間が自分を押し殺して生きていくために変わろうとしている姿は見てて辛かった。

そんな生きにくい世界の中にも、自分に優しくしてくれる人がいること、わかってくれている人がいること、誰かが死んだ時泣いて駆けつける人がいること、そういうものがあることが素晴らしき世界だと思う。嫌なことの方が圧倒的に多くても、そういう存在やものが、たった1つでもある限り素晴らしいと言えてしまう。最後のコスモスはその象徴だった。

三上演じる役所広司素晴らしかった。自論だけど映画もドラマも、演じる姿を見てて俳優の名前が先に出るか、役の名前が先にでるかでどれだけ惹きつける演技をできているかがわかると思っている、半沢にでてくる役者がいい例。かなり早い段階で役所広司ではなく三上として見れた。
長澤まさみ個人的にすごく好きだけど、あまり必要な役だったとは思えなくて、言い方悪いけどもっと無名の俳優でも良かったかなと思う、くらいには中途半端な存在だった。
あと六角さんのスーパーが適当すぎて好き。私もあのスーパーの店長と友達になりたい。
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