マンボー

ステップのマンボーのレビュー・感想・評価

ステップ(2020年製作の映画)
3.9
かなり涙もろい方だが、本作では珍しく泣かなかった。でも、佳い作品だと思った。

冒頭、エイベックス・ピクチャーズという名前が画面に現れたときは不安に思った。勝手ながらエイベックスが絡む創作には、ほとんどよい印象がない。ヒットさせるテクニックや人々を扇動する術には通じているけれど、本物の魂がこもっていないイメージ。

演出はオーソドックスで作家性はあまり感じない。多分それはよかったのだと思う。

重松清の本を数冊読んだことがある。特に短編連作の「青い鳥」を読んだとき、うなりもしたし、泣きもしたし、心を震わせた。

様々な境遇にある少年や少女、そして先生たち、それぞれの心理を深く知り抜いていること。何より、男性には想像しづらい、そして女性作家たちもあえて掘り下げてこなかった少女たちの短所も含めた生態を知り抜いて作品に昇華させていて、驚かされたし、その作品の質は圧巻だった。

派手な映画の多い中では、地味に見られがちかもしれないけれど、本作はじつは役者も揃っている。おそらく無名だろうけれど少女役は皆一様にすばらしい。山田孝之も申し分ないし、國村隼さんは役得もあるが、相変わらずどうしても敬称を付けたくなる名演で、この二人だけは他の人では代えがきかなかったと思う。

東京03の角田氏は浮いているのに、それがよくて、これは監督が巧く使っている。伊藤沙莉や、広末涼子は率直にいえば他の役者でも成立する。でも伊藤沙莉はちょっと良いひと過ぎる役だが作風になじんでいたし、広末涼子はこれまでの作品に比べて、生活の疲れのようなものがにじんでいて、ただ透明感をいつまでも押し出されるより、幅が広がったのではないかと思った。

繰り返し描かれる鉄橋の道、そしてその先の街、職場の昼食どき、カレンダー周辺、写真立て等の変わらなさと、変わり方がよい。

題名の重層的な意味も、映画内でそれに触れられるシーン、その深いあたたかさがよい。

様々な変化のアンサンブルを経て、終盤はかなり楽観的な終わり方で、救いがあるともいえるし、少し安直にも感じられるけれど、それでも仕事と子育てに忙殺されながらも必死に日々を過ごし、仕事や、死別した前妻と今の彼女との折り合いの付け方に葛藤を抱えて過ごすシングルファーザーと、母親と死に別れて、心の穴を抱えたまま学校生活を送る一人娘の心の動きを丁寧に描き抜いた価値に変わりはない。

唯一、今の彼女の何に魅かれて、彼女は彼の何に魅かれたのかが、互いにやや似た境遇だったこと以外には、今ひとつよく分からなかったが、それ以外は人間の原点である家族にあたる父娘と、それを取り巻くステップ・ピープルの個々の心模様を、少し綺麗ごと気味ながら、監督は自らの作家性を抑えて、ポイントを外さず役者を選び、しっかりと動かして精緻に描いた秀作。

大作に比べると一見見劣りしそうでも、実は微小過ぎて見えにくい家族の関係性や目に見えない心の動きをできる限り分かりやすく見せようとしてくれる、なかなか稀有なる作品だった。