平野レミゼラブル

アンテベラムの平野レミゼラブルのレビュー・感想・評価

アンテベラム(2020年製作の映画)
3.5
【もはや戦前ではない。】
今年観た映画をリストアップしている作業の最中に、ふと「あっ、今年は全然ホラー映画観てないな」と気が付いたので、突発的に観に行った秋の夜長のホラー映画観賞会の1本目。
そんな調子で観に行ったので、ほぼ事前情報もないままでしたが、ネタバレ厳禁の作りだったため、この形式での観賞がベストでしたね~。結構、謎の多い映画ではありまして、まず日本人としてはタイトルの『アンテベラム』ってなんだよってとこから始まりますよ。聞き慣れない単語ですが「Antebellum」はラテン語で「戦前」を意味し、アメリカ合衆国においては奴隷解放の「南北戦争以前」を指します。

そんなタイトルのため、始まりは南北戦争最中のアメリカ南部・大規模綿花農家(プランテーション)。世界史の授業で習ったように、そこでは黒人が奴隷として働かされており、農場を管理する白人の監視の下で口を利くことも許されずこき使われるワケです。
冒頭から長回しで、綿花農園→掃除婦→そこを通る白人兵士とかしづく黒人→軍人の野営地→南部の旗→逃走する黒人女性とそれを馬に乗って追う白人、といった舞台の年代と当時の農園の縮図を印象付けてもいまして作品の見せ方として至極丁寧。
結局、逃走する黒人女性は散々いたぶるように追われ続けた先で投げ縄で囚われて惨殺されてしまいますし、彼女の逃亡を幇助したとしてエデンと呼ばれる奴隷も拷問の末、焼きごてを入れられる罰を受けます。

そんな形で始まった通り、最初の40分くらいは南部奴隷の悲劇を描いた歴史モノのテイストのまま進んでいきます。なので、ホラー映画を観に来た僕としては拍子抜けというか、ちょっとした驚きなんですよ。これ、どこでホラーに転調するの!?と。
画面の映し方なんかは結構怪しげではあり、謎の建物をチラッと映したり、冒頭の逃亡奴隷を嬲り殺しにするところもじっくり時間をかけるため、こうした黒人奴隷の怨念が積りに積もってかな……等と思い出したところで、この時代に聴こえる筈のないスマホの音が聴こえてくるので度肝を抜かれます。
40分近くかけて展開した南部奴隷の話は現代に生きる社会学者ヴェロニカ・ヘンリーの見た悪夢と処理され、そんな彼女周りの日常を描いた現代劇へと転調してしまうのです。

このヴェロニカ、役者が「戦前(Antebellum)」におけるエデンと同じであるため、観賞者としては色々なギミックを疑ってかかることになるワケです。「悪夢として処理したけど徐々に夢に取り込まれていくことになるんだな」とか、「前世の呪いが現代で蘇って猛威を振るうことになるんだな」といった具合に。実際、ヴェロニカが服を脱ぐとこれ見よがしにエデンが焼き印を入れられた箇所と同じ部位を映しますし、他にも戦前編に登場した農園主が現代編で怪しげな人物として現れることで、より一層これから巻き起こる怪異や陰謀を想像させていくことになる。
僕が真ッ先に想起したのは、民主化以前の台湾を舞台にした学校に取り込まれるホラーゲーム原作の映画『返校 言葉が消えた日』。なので、こちら同様にヴェロニカがいつの間にか「戦前」のようなパラレルワールドへと取り込まれていて、現代編もまやかしなのだと推理していましたが、まあこの予想が当たっていたかどうかは実際に観てくださいとだけ……

本作は実は3部構成であり、「戦前編→現代編→真相編」という流れで進行していきます。
やはり秀逸なのが各編の始まりへと転調する部分でして、毎回「なんで!?」って混乱する形で始まるんですね。
ただ、冒頭の丁寧な長回しのように、その後少しずつおかしな描写やさり気ない伏線を映していくので徐々に真相に近付いていくことが出来る。よくよく考えると、確かに戦前編の時点で違和感がアリアリで、その辺りを詰めていくと真相編に行き着く前に全体像が見えてくるやも。
僕は世界史の授業で習った以上の南北戦争知識がないため、伏線の数々を悉く見落としていましたが、詳しい人ほどニヤッとできるかもしれません。


まあ、ただこの全体構造が明らかになった時の僕の率直な感想は「これは流石にギャグでは!?」だったんですよ。真相がズバコーン!な『フォーガットン』ほど突飛ではないし、伏線ガン無視で仕掛けてくるわけではないにせよ。それなりに無理がありますし、リアリティがあるかっていうとまあ間違いなくない。
ただ、実際に「これをギャグと捉えられない」っていう問題も結構思い当たる節はありまして、それは黒人に対しての認識が南北戦争前から全く変わっていない連中がこの世には確かに存在している現実です。現代とAntebellumをかなり強引な形ではあるものの繋いだ結果見えてくるのは、何百年経とうとも変わらない人間の愚かしき差別意識。そうなってくると、多少の無理は承知の上でこのギミックを使った意図は見えてくるワケで「現在はこれをギャグとして完全に笑い飛ばせる世の中ではないよな…」っていう神妙な気持ちにもなるという。

ただ、その狙い自体はわかるものの、やっぱり心の片隅に「でもこれやっぱりギャグだよ…」って思いが残るのも事実でして……うーん、何というか風化させちゃいけない歴史とホラーの融合となると、さっき例に挙げた『返校 言葉が消えた日』は凄く巧いアプローチだったんだなァ~ってちょっと思ってしまった。そちらと比べると、本作やっぱり珍妙の印象も強くてそこがノイズではあるんですよね……