平野レミゼラブル

ひとくずの平野レミゼラブルのレビュー・感想・評価

ひとくず(2019年製作の映画)
3.9
【暴力的な善性。人間の屑と母親失格は少女を救えるか?】
世間一般的にはほぼ無名ですが、劇団テンアンツを率いて精力的に活動を続けており、本作においても監督・脚本・主演のみならずプロデュースや編集、主題歌の作詞まで手掛けるマルチな才能を持つ上西雄大氏の作品。
今週末より公開される上西監督の『ねばぎば新世界』の試写会にお呼ばれしたんですが、これまで上西監督の作品を観たことがなかったため、試写会前にその予習として同会場で上映されていた本作を観賞。
コロナ禍突入の昨年に公開された為、延期や縮小上映の煽りをモロに受けてしまった不遇の作品らしく、実際こういう機会でも無ければ観ることがなかったので公開してくれること自体が有難いですね。むしろ細々とではあるものの今年も上映している以上、決して悪くない作品だと睨んだのですが……


上手いこと読みが当たりました。中々の秀作です。
児童虐待をテーマにしており、冒頭から親に部屋に閉じ込められ、ある筈のない食べ物を漁り続けて餓死寸残の少女・鞠の様子を映すなど、かなりしんどめな描写から入りますが、それだけで終わらず確かな希望やユーモア、ホロっとしてしまうような人情を挿入して少女を救っていく骨太の社会派エンタテイメントに仕立てています。

死にかけだった少女・鞠を救うのは金田匡郎、通称カネマサと呼ばれる男。鞠の苦境を知るや否や、おにぎりやサンドイッチに飲み物を買ってきて与えますし、何日も洗濯も風呂にも入っていないということで服も買ってやり銭湯に連れて行きます。
ここだけ書くと類稀なる善性を持った救世主のように思えますが、カネマサの正体は少年時代に殺人で捕まって以来、空き巣や窃盗を生業として何度も刑務所の世話になっている札付きの犯罪者。性格も短気で口が滅法悪くて粗暴。言動のほとんどがポリコレ違反の人間の屑です。
鞠を発見出来たのも、彼女がいる家に空き巣に入ったからに他なりません。

実は少年時代のカネマサが殺した相手というのが義父で、彼もまた子供の頃に義父から虐待を受けていたということは度々挿入される回想で明らかになっていきます。カネマサの悪徳は全てこの時受けた虐待に起因しており、ロクな教育も受けないまま犯罪者に堕ちたために盗む以外の生き方を知らず、絶えず内に滾らせ続けていた憎悪が粗暴さに反映されているのです。
鞠を助けたのも、虐待の痛みを身に沁みてわかっているからで、普段は粗暴なカネマサも鞠に対しては優しく振る舞います。そして、銭湯で鞠の体中に痣やアイロンの火傷の痕があることを知ったカネマサの溜まりに溜まった怒りは沸点を越えます。
そのため、家に帰した鞠がやはり帰宅した母・凛の男であるヒロに虐待されようとした時、カネマサは家に侵入してヒロと取っ組み合い、その果てに彼を殺害してしまいます。

その後、カネマサは凛にヒロの死体処理を手伝わせて共犯者にすることで支配下に置き、鞠にとって良い母親であることを求めだします。ここからカネマサ、鞠、凛が少しずつ3人で不器用ながらも「普通の家族」らしい幸せな生活を心がけていく奇妙な同居生活が始まります。
ヒロも日常的に凛や鞠に暴力を振るって支配下に置いていたことが窺えるため、カネマサの始めた奇妙な同居も結局は同様の支配ではあるんですが、一重に鞠の幸せを願う善性による支配というのがまた奇妙ですよね。
そして、そんな奇妙な生活の中で、凛もまた親に虐待されて育ったために、「男に頼って生きていく道しか知らない」、「子供の愛し方がわからない」という欠陥を抱えていることが明かされていく。結局、この3人は皆同じ傷痕と過去を抱えた似た者同士だったのです。凛に対して当たりが強かったカネマサも、この過去を通じて彼女を徐々に理解して軟化していき、本当の家族のように変化していく流れが良いです。

ここまでして、不幸な目に遭う少女を救っているカネマサの姿は、ある種『レオン』的なダークヒーローめいてもいますが、そんな高尚なものではない人間の屑『ひとくず』であるってことは徹底して描写してもいます
まず、ヒロを殺す際に鞠の目の前で殺してしまっているというのが完全にアウトです。普通なら鞠にとって生涯のトラウマになってしまうような経験だと思うんですが、本作はそこら辺を綺麗にスルーしているのでちょっと甘い気がしなくもないです。
鞠にプレゼントした熊のぬいぐるみにしても空き巣稼業で他の家庭から盗んだものなので、鞠の幸せの為なら他を不幸にしても良いという歪な愛情も見え隠れしています。

そして、カネマサがいくら善行を積んでも帳消しにならないくらいのクズって描写として一番絶妙だったのが「店員に対して高圧的」なところ。
どれだけ鞠のことを思っていたとしても「子供がラーメン食うんだったら、気ィ効かせてお碗持って来いよ!言わなきゃ出来ねェのかブス!!」とか店員に抜かしているヤツは、ヒーローでもなんでもなく人間の屑でしかないんですよね。これはもう家庭環境とか、人生の不遇さが言い訳にならない悪行であり、根本から改善していかないといけないカネマサの課題となります。
ただ、途中焼き肉屋の店員にカネマサが同じように「ブス!」と罵った際に、凛が「お前の周りの世界、ブスばっかりなのな」と突っ込んでガス抜きするのが良いバランス感覚でした。流石にずっと高圧的なままいられても胸糞悪いだけですからね。外部からの指摘は大事。
そして、ここで初めてカネマサが人間の屑であると注意(?)されることで、彼は己を省みるきっかけとなり、鞠や凛と一緒に食卓を囲むことで初めて温かい「家族」を形成出来るかもしれないという希望を見出すことになります。
だからこそ、この場面でカネマサは自然と泣いてしまいますし、凛もそっとカネマサにビールを注ぎます。この疑似家族が出来上がる焼き肉屋のシーンは特に秀逸でした。

全体的にカネマサの境遇を表したかのようにガサガサとした荒々しさが目立つ作風ではあるんですが、アラはアラでも粗が目立つ部分も相応にあります。
例えば途中、夜道で鞠の担任の教師とカネマサが会話する場面があるのですが、光量の調整が出来ていないのか真っ暗で表情が確認しづらくなっています。本作、インディーズ映画なのでところどころどうしても安っぽさは出てしまうのですが、結構素人目で見ても技術的に粗いと感じる部分は多いです。

脚本に関しても、後半に行くにつれて荒々しい粗が目立つようになっていきます。クライマックス間際で展開される親子に振りかかる試練はその後スルーされてエピローグに進んでしまいますし、カネマサとは長い付き合いの人情派刑事も温情と罪の清算を逆転させてしまっている部分に違和感があります。
前者に関してはもっと具体的な解決方法の提示を、後者に関しては罪の清算の後の温情という形に示せれば、もっと配点は上がっただけにひたすら惜しい。

とは言え、本作の畳み掛けてくるかのようなエピローグはかなりベタな部分はあれど、これはこれでエネルギッシュで圧倒されたため、全体的な印象はそこまで悪くはないです。
惨たらしい児童虐待事件は毎年のように報道されて、その度にやるせない気持ちにされるだけに、「何がどうなっても子供を救いたい!虐待を許せない!」というストレートな願いや怒りを本作に詰め込まれると、その熱い善性に自然と感極まってしまうのですよ。
聞くところによると上西雄大氏も、3歳の頃まで戸籍がなく、母親が常に父親から虐待を受けていたという自身が演じたカネマサに近しい劣悪な環境で育ったとのこと。この分ですと上西氏自身も同じように虐待を受けていたということは容易に想像がつき、となるとこの映画に込められた児童虐待に対する怒りやそこから救われて欲しいという願いは紛れもない本物でもあるのです。

ある種、不器用かつ剥き出しながら正直な熱気であり、劇中のカネマサのスタンスにも通じる部分があります。それは綺麗にまとまった映画よりも大きな衝撃を生み、映画の良し悪しとは決して完成度の高さと比例するワケではないということをも示してくれる。
観る者の心にズカズカ土足で踏み込みながらも、心を掴んで離さない。そんな暴力的なまでの感動に心震えました。

オススメ!!