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17歳の瞳に映る世界のLudovicoMedのネタバレレビュー・内容・結末

17歳の瞳に映る世界(2020年製作の映画)
3.9

このレビューはネタバレを含みます

《イレイザーヘッドってどちらかと言うと女性が抱く悩みだよね》

父親になる心の準備が出来てない男の瞳に映る世界を病理な悪夢色で染めた『イレイザーヘッド』な苦悩が、妊娠が発覚した17歳の少女にのしかかる。
なんてツライ題材なんだ、と思う観客のバイアスをエリザヒットマン監督はへし折り、少女の半径3メートルなアングルからパーソナルな感情に潜っていくミニマムなセカイ系とでも要約しておこう。
なぜなら非常に繊細さを売りとする作品ながら妊娠の原因や家族との衝突には興味がないらしく、突如訪れる青春の終焉を振り払う様にニューヨークへロードムービーしちゃうのだ。

そんな映画なもんで非常に心情の表現力がネックになりますが、まずは主役の役者が素晴らしい。
彼女の名はオータム。非常に寡黙でどこか不安定さを秘めたアンニュイな少女を落ち着かない目線の揺れから表現しているのだ。
彼女は中々コミュニケーションに前向きになれない性格からか、他者に頼る事が出来ず、妊娠の真実にも流されるままだ。
加えて青春の眩しさに対し、陰日向で自信の持てないスーパーエモいガールとして超絶リアルで目が離せないのです。 
いわゆる中学生型拗らせで世を儚み隠れる意味でのエモいをこれほど思春期に描いたキャラクターがあっただろうか。
地元の病院で陽性の確認が出た時、「養子に出すこともできますが、」に対し「まだなんにも決めてない」と一人去ってしまう。
また彼女は痛みを隠し、トイレで嘔吐してしまう様子を心配がった友人スカイラーの救いの手も最初は頼る事ができない。
でも現実なんてそんなもんで、中々パーソナルな内面は曝けずらいものだと思う。
つまり不条理に訪れる青春の終わり、大人な事情に対し、エモい殻を破り他者に手を伸ばす成長に射程を置いているのだ。

本作はそんな彼女の心のフレームを切り取った寄りのアングルから、オータムの選択と決断をセリーヌシアマ映画を思わす停滞のリズムで観察していく。
セリーヌシアマは女性同士の擬似的なパートナーカップルを得意とするが、本作のスカイラーもまた献身的にオータムの旅のお供となっていきます。

なので、スカイラーがバイト先の金をパクリ決断を促す様に「行こう」と手を差し伸べる場面から筆舌にし難いカタルシスを感じるのだ。
またセリフによる会話は異常に少なく、忙しない目線で感じとる意思疎通や袖を引っ張る、手を繋ぐといったアクションから2人はコミュニケーションをする。

そして若者が背伸びして大都会に旅行した時の寄る辺ない不安が観客のあるあるを刺激してきます。特に都会の喧騒で具合が悪くなり、お手洗いに避難する場面とかが超リアルに捉え、一方でザセカイ系、17歳の瞳に映る世界でござい、と前のめりに醸す映像美も素敵でした。
少々主張が強い風景映像美にも感じるが、眼福な世界はそれだけで癒されます。

ちなみに本作の『Never Rarely Sometimes Always』という原題は劇中オータムに問われる「一度もないor滅多にないor時々orいつも?」というセリフから来ており、これが重要なパンチラインを放ちます。
泣き顔を中々見せることができないオータムはこの問いによりパーソナルな扉が開かれ、彼女はボソッと曝け出す。
「中絶って痛いの?」
たったこの一言にとてつもない感動が詰まっており、この後の手を握るアクションあるいはオータムがカラオケで「泣いてる姿を太陽に見られたくない」と歌う場面が彼女の大いなる一歩を物語っているのだ。

また、この手の映画にありがちなゲスい男性の誘惑も説教くさい批判性で絡めず、あくまでセカイ系の外側としてチラつかせる程度にセンスを感じました。

『イレイザーヘッド』な悩みってホント地獄ですね。

それとスカイラーを演じたタリアライダーが神かわいいすぎた&ファッションセンス最強。
ああいう柄のパーカーは喉から手がでるほど欲しい。
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