マンボー

ミナリのマンボーのレビュー・感想・評価

ミナリ(2020年製作の映画)
3.7
1980年代、韓国から移民としてアメリカに渡った夫婦が、農業で財を残そうと西海岸のカリフォルニアを離れて、アメリカ南部、中央からやや東側に位置する自然豊かなアーカンソー州の田舎の高原を開拓し、まだ幼い娘と息子、そして母方の祖母と、そこに以前から据え置かれていたトレーラーハウスを家として暮らしはじめる物語。

韓国人の夫婦は外から見ている分には美男美女のカップルだけど、内実は衝突も多い。

父親には、これまでの苦渋の日々と夢への性急な思いもあってか、日本の昭和の父親を思い起こす強引さと頑迷さがあり、人の助言にもあまり耳を貸さない。ただそれでも、不器用ながら家族を大切に思っていて、何とか財を作り、家族に楽をさせ、自分自身のライフワークをも成し遂げたい気持ちは理解できる。

ただ母親としては、日常生活には支障がないとはいえ、幼い息子の心臓に穴が開いているのに病院が遠いことや、近辺に知り合いや友人がいないこと、出費ばかりがかさみ、収入や先行きが見えない田舎暮らしに納得しておらず、韓国人女性はかつての日本人女性に比べて感情的にストレートだということもあってか、夫婦間の激しい口喧嘩は絶えない。

そこに文盲で小柄ながら、たくましく生き抜いてきた妻の母親が、娘に請われて韓国から移り住んでやってくる。子供から見ると、穏やかで品の良いおばあちゃん像からかけ離れた祖母ではあるが、実の娘には頼られていることから、言葉には品がないし料理もできないが、一緒に暮らす上では頼りになる人物だということが窺える。

そんな祖母が少し離れた沢辺の土地にタネをまいたのが、手をかけなくても生命力が強くて繁殖しやすい韓国のセリ(ミナリ)であり、新たな土地にやがて根付く韓国からの移民の姿に重なるが、さらにミナリは、一度目よりも二度目の旬に味がよくなることから、子供の世代の幸せのために必死に働く親世代をも表しているらしい。

アメリカにおいて新進気鋭のA24スタジオの作品はまだ数えるほどしか観ていないけれど、総じて映像が鮮明で美しい。さらに端正で、色味にもどこかあたたかみがあるのが特徴だが、本作は過去の時代の農地開拓が題材なので、必ずしもその小綺麗な映像が、題材と合っているのかは疑問も感じた。

ただ、一人ひとりの人物像を克明に、とにかく丁寧に描いており、物語はそれほどドラマチックではなくても、家族以外の脇役に至るまで、個々の心情を理解しやすく、また特に少年の祖母に対する心情の静かな変化が印象深かった。

結局、本作では、若い夫婦のやることよりも、経験則に裏打ちされた祖母やその土地の人々の行動が正しく見えてくる場合が多い。

そういう意味では、最新の映像でありながら、保守的で凡庸、面白みのない作品にも見えなくはないが、移民の生活ぶりを飾らず、それでいて飽きさせられずに観せられ、本作の監督のリサーチと再現力、ドラマツルギーと脚本の妥協のなさには、気付かされにくいけれども、確かなものが感じられた。

映画が終わって思い出し、反芻するうちに、祖先に対する敬意がさざなみのように打ち寄せてあたたかい気持ちになる。そして、なかなかうまくゆかない人生に自信も持てず、それでも何とかもがくように生きている自分の存在をそっと、でも揺るぎなく肯定してくれる。