マンボー

精神0のマンボーのレビュー・感想・評価

精神0(2020年製作の映画)
3.8
80歳を超える岡山の老精神科医、山本昌知医師が第一線の診療から退き、中学時代からの同級生で、今は認知症を患う奥様を支えながら暮らす引退後の日々までを追ったドキュメンタリー映画。

序盤は退任の講演会や、ほぼ最後になる診療の様子、後半は認知症の奥様の老老介護の様子が主に描かれる。

精神科の診療の様子は、アメリカのティーン小説等で読んだことはあったけれど、ちょっと想像とは違っていた。山本医師は、ただ話を聴く。よく聴く。しばらく聴く。口は挟まないし、反論もしない。患者からの問いかけには、自然に誠実に答える。その答えは時に深遠にも思えるが、解説をされると無理なく腑に落ちるもの。やがてどこかで患者が迷いはじめると、まず自分はどうしたいと思うかを問いかける。

奥様は昔はテキパキとしていて、学生時代はトップで表彰されるような才媛で、どちらかというとあまりデキがよくなかったという山本医師の不規則な仕事を支えてきたが、ここ数年で認知症が進んで家事もできない。

そんな奥様を山本医師は決して叱責などせず、温かく接して過ごしている。それでも山本医師も八十の齢(よわい)を超えており、あらゆる家事が困難になっている。片付かない洗い物。飲み物を用意するのも、初めて見るタイプの酒瓶の栓を抜くのも、段差を降りるのも一苦労で、イライラしたりカッとなってもよさそうなのに、どこまでも温厚で、とにかく奥様を大切にされている。

映画を見ている間は、あまりに自然体の方なので、精神科医としての技量や功績を理解しきれなかったが、見終わってから本作の想田監督のインタビューや、山本医師に関わる記事を読んでいくと、精神科の概念を変えるような試みを重ねられて実績を残されていて、診療の中で語られる何気ない問いかけ等にも、それぞれに意図が込められていることが分かって、頭が下がる思いになる。

何よりその患者さんや奥様を、不器用な面もありながら、尊重し抜いて生きている実践の崇高さがひしひしと感じられる。分かりやすい美しさや、しなやかさ、雄大さなんてなく、おぼつかなくたどたどしく、心配になりそうな背中にも、深く温かい偉大な想いが忍ばされていることに気付けば、それこそがこれからの自らが規範とするべき姿だと心から思える。