ヨーク

のぼる小寺さんのヨークのレビュー・感想・評価

のぼる小寺さん(2020年製作の映画)
4.0
ミニシアターのポスターとかでタイトルはちょくちょく目にしていたんだけど小寺さんが何をのぼるのかは全く知らずにいた。そして知らないままで劇場へ行ったんだけど、割とそのまんまの意味でのぼってましたね。漢字で書けば登るになるのだろうがこれはまぁ色んな意味を含めてののぼるということなのだろう。その色んな意味が込められているのぼるだが劇中で実際に小寺さんがのぼるのは繰り返しになるがかなりそのまんまな感じで彼女はクライマーとしてのぼるのです。壁とか岩とかそういうのを登るクライマーですね。ちなみに彼女は高校生でボルダリング部に在籍しています。
ボルダリング。多分知ってる人は結構いるけど体験したことがある人は少ないんじゃないだろうかというあれですね。壁に突起が付いていてそれを手がかり足掛かりにしながら登るやつ。ちなみに俺もやったことないです。
高校でボルダリングの部活なんてあるのかよと思うがまぁあるのだから仕方ない。小寺さんがクライミングに目覚めたきっかけとかは作中では描かれていなかったが彼女は進路希望調査票に第一志望クライマーと書いてしまうほどのクライミングジャンキーで基本的に日々壁やら岩やらを登ることしか考えていない。ちなみに俺は職業としてのクライマーがどんなことをしているのか、また登山家と何が違うのかとか全然知らないがともかく小寺さんはもうそっちの方向にしか進路を見ていないんですよね。現実的に考えて変わった子だなと思うし、また作中でも完全に変人として描写されている。先日観て、そして個人的に気に食わなかった『ブックスマート』の主人公二人が良くも悪くも結局どこにでもいる普通の10代のガキだったのに対して小寺さんはかなりヤバイ人だと思いますよ。子供が手放した風船を追っかけて校舎の壁に設置してある雨どいを辿りながらスルスルと三階くらいまで登っていって風船をキャッチするような女子高生ですから。あれですよね、自分が好きなことに対してどこまでも肯定的になれて夢中になれる主人公としては例えが古いけれど『キャプテン翼』の大空翼みたいだなと思いましたよ。翼くんがサッカーにしか興味がないように小寺さんものぼることにしか興味がない。普通の人から見たら奇異に映るような主人公なんだけど、本作は小寺さんだけでなく彼女を巡る人たちの物語でもあるので天才的な変人が一人で活躍する物語ではなく、彼女を取り巻く普通の人たちの物語でもあったことが良かったと思います。
そうなんです、小寺さんの周囲にいる人たちの描写が素晴らしかったんです。勉強にも部活にもやる気はないけれど何となく小寺さんのことが気になる卓球部の男の子とか、小寺さんの進む道の轍を後追いしていくようにボルダリングに夢中になっていく内気でオタクっぽい男の子とか、ファインダー越しにしか世界を見れなかったカメラ少女が小寺さんを被写体にすることによって徐々に変化していく感じとか、ロクに学校にも来ずに遊び歩いているヤンキーっぽい子が小寺さんと出会って自分の中にも好きなことがあると自覚する瞬間とか、そういうのすげぇ丁寧に描かれていてめちゃ素晴らしかったですね。『ブックスマート』で不満だったのはお気楽すぎて青春の切実さがないというものだったけれど、本作では小寺さんを除く登場人物の誰もが漠然とした焦燥感を持っていて俺の10代これでいいのか? っていうのが響いてくる良い青春ものでしたね。主人公の周囲にいるのがいい人ばかりで違和感あるってのは同じなんだけど、小寺さんは『ブックスマート』の二人と違って特異な感じが際立っていたのでそういう性質に惹かれた人たちが集まって彼女を支えるというのはそれなりに説得力があったんですよね。キャラクター性が強いと言ってもいいかもしれない。
あと『ブックスマート』は心残りのある青春を取り返そう(そして取り返しちゃう)という感じだったけど『のぼる小寺さん』は後で後悔しないように色々やってみようって感じなんですよ。このままだと絶対に後で後悔することになるっていう青春時代特有の焦りを原動力にして、今ここにある壁をのぼってみようという映画。もうね、爽やかすぎてこんなの俺にどうしろってんだよという感じはしますけどね。サングラスでもかけなきゃ直視できないくらい眩しい少年少女たちですよ。そういう意味では観ていてちょっと気恥ずかしいところはあるんだけど、でもいい映画です。ラストシーンの淡~い恋愛描写なんてもう直視できねぇよ。ずっとのぼることにしか興味がなくて誰かに見られていた小寺さんが他の誰かを「見る」んだよね。はいはいいいですね。
あと最後に、本作で一番好きなのは小寺さんは作中でも散々のぼるんだけど、のぼった先に何があるのかは全く描かれないことですよ。それは、だって彼女たちまだのぼってる途中だからってことなんだと思う。そういう意味でも青春ものの映画としてすごい好きですね。壁の前に立ってそれを見上げている小寺さんの顔が凄くいいし、それが全てだと思う。あと、最後と言いながらもう一つ、ボルダリング部の先輩二人は最高にいいキャラクターだった。あの二人の名脇役振りは素晴らしいね。
面白かったです。
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