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ブルー・ストーリーのotomisanのレビュー・感想・評価

ブルー・ストーリー(2019年製作の映画)
4.4
 あんな殺し合ってる中からも足を洗える者がいるのか。しかし、その一人の足を洗わせるために異教徒同士の抗争に何人引きずり込まれ、何人死んだろう。主人公と思って眺めていたティミーが、殺された恋人の復讐にのめり込み、そこからどう這い上がるかと思えば、却って彼女の加害者であり、遡れば親友ですらあったマルコの反撃で死んでしまう。当のマルコにしてもそれは過失致死であって、それでも元の親友の恋人を殺してしまった事には悔いを示していたのに。
 結局足を洗ったのはティミーの義兄弟のマッダー、新参の復讐者を舎弟にとりたてたものの却ってクールな舎弟に支持を奪われ反目、思い直して(この思い直しの中にこそ後の改心の切っ掛けがあるように思うが別の話だろう)撚りを戻し再びマルコ襲撃を図るがこれが手下の裏切りでティミーを失う羽目になる。それから逮捕、司法取引、服役。刑を終えた娑婆では抗争の語り部に転身する。マッダーが舵を切る切っ掛けが何なのか誰にも分からない。しかし、ティミーであれ、マルコであれ、マッダーを裏切り殺された**であれ、道を誤る切っ掛けは幾らでもあり、どれも分かる。
 話の終わり、若いラッパーがティミーの復讐を誓う。彼の作曲がUKチャートを上昇するのも関心がないらしい。我々の常識ではギャングの巣を抜け出すチャンスのはずだが、映画はそんなこと毛ほども思わぬかのようだ。しかしティミーは、彼の才能をギャングから間を取るための縁として、異なる世界への道を開くきっかけと感じ、なればこそ、他のギャングの面々との間を取りなしたのだ。それと言うのもティミー自身のギャングへの挺身もまた個人的な復讐心から湧きだす事だからだ。
 ではマッダーならどうだ。難民や移民として英国に漂着し血縁や地縁を頼りに結束し、似て非なるコロニー同士反目し合う様を一から十まで見せて若者をギャングに落としてしまうような居留地で生きて、その通りギャングの頭目になったマッダーとギャングを拒みながらも復讐のため進んでギャングになったティミーが知り合って、マッダーは何を学んだのだろう。その事はティミーの死ぬ事件の後のマッダーの転身にどう作用しただろう。実は、この映画の本題はそれを問う事に尽きると思う。そして、その答えはマッダー本人に語り部として話してもらうしかない。
 この映画を普通の劇映画として眺めては何かを見落としてしまうと感じる。それは、映画の終わりにマッダーののちの仕事を紹介するところから分かるだろう。あのギャング達と同じ境遇の若者たちがこの物語を観て、生き残った元ギャングのその肉声を聞くことで、その上でどう生きたいか、なにが転落につながるだろうか、どうして這い上がったのかを考え尋ねする機縁が生まれるならばいい。そしてさらに世界にこれを問い、ギャング界の外、居留民社会の外に若者たちの耳目がつながる切っ掛けになればいい。そんな期待の先にこの映画を観た我々もいるのだ。
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