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Swallow/スワロウのhorahukiのレビュー・感想・評価

Swallow/スワロウ(2019年製作の映画)
4.1
「飲み込む」という反抗

玉の輿で悠々自適生活!…だったはずが、人里離れた豪邸にたったひとり。夫は夜まで仕事。夫に気に入られるようにそれなりに家事をして空き時間はスマホでパズルアプリの日々。「私の存在って…?」と疑問に思った主人公ハンターが色んなものを飲み込むようになるフェミニズムホラー。

最初はビー玉から始まり、ピンや電池や土まで。飲み込み、便として排出し、部屋に飾る。異食症という病気を題材としているらしく、血を出し苦痛に呻きながらも飲み込む姿は一種の自傷行為のようにも思えてくる。これは監督の祖母からインスピレーションを得たもののよう。監督インタビューによると、結婚生活で支配的な扱いをされた祖母は消毒用アルコールと石けんを過度に使うようになり、医師の命令で祖父は彼女を精神病院に入れ手術を受けさせたとのこと…怖い…。

夫は口では優しい言葉をかけつつも、妻の肝心の言葉は常に聞き流される。夫の両親もそれは同様で、表向きは良い義父母として振る舞いつつもそこに中身はなく、自分たちが経営する会社の跡継ぎを産ませるための器としてしかハンターのことを考えていないことが浮き彫りになってくる。ガラスを多用したモダニズム建築の豪邸は、見晴らしは良いものの、その透過性がハンターを心理的な支配のもと閉じ込める檻としての強固さや、孤独、疎外を強く感じさせ、夫家族にとっての都合の良い「器」としての彼女を飾っておくためのショーケースなのだという印象を強くする。

そして、自己としての存在意義を失ったハンターの強迫観念的で自傷的な異食行為は、義父母や夫にとっての「器」を破壊しようとするささやかな反抗であり、全てが夫家族に支配された現状という檻を内側から破壊しようと一石を投じる行為でもある。夫の友人との一連の流れからも自己の存在価値を貶められた彼女は、異食によりこじ開けられた道を利用し、自身の最大のトラウマへと立ち向かう。特異なものを扱うことで普遍を描く本作は、この転換点を境に焦点をあてるカテゴリーを跨ぐことになり、どちら側からも普遍の裾野を狭めるように思われるが少し引っかかるのだけど、自身を「無価値」たらしめるのは自身の在り方だとする帰結はその2つをうまく結びつけるもので良かったと思う。

他者による支配からの脱出という物語でありながら、ハンターの少しに仕草(手を舐め、服でふくことや、精神科医への態度等)から彼女の幼児性を浮き上がらせ、アイデンティティの探求の観点から支配だけでなく幼児性(そして母)からの決別の物語としているのも面白く、監督が窓ガラスに塗る赤の色彩をオマージュしたと語る『サスペリア』と極めて近いところにいる作品だというのが分かる。屠殺される家畜を被支配者と重ねるブニュエル的冒頭は、家畜の頭骨までしっかりと見せることで豪華絢爛な表面の底にあるグロテスク(あるいは豪華絢爛そのもの空虚さ)を語り、そこも含めてハンターの現状を表象する。

そして少しの仕草に感情を上乗せしていくヘイリーベネットの演技も素晴らしく、彼女の挙動だけでも見ごたえがあった。監督が『ガールオンザトレイン』の演技を見てオファーしたらしいのだけど、本作の製作総指揮も務めてるぐらいだからノリノリだったんだろうね。というかこの監督ジョーダンピールとは同じ学校に通ってた友だちらしい。すごい!
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