マンボー

タゴール・ソングスのマンボーのレビュー・感想・評価

タゴール・ソングス(2019年製作の映画)
3.6
ベンガルという言葉を知ったのは、ペルシャ(イラン)の千夜一夜物語の中のいくつかの作品を読んでいた時のことだった。

当時のペルシャ人にとって、世界の東の果てはベンガル地方だったようで、遠い異国としてたびたび登場したのだが、実際にどの地域を指すのかが分からずに調べた覚えがある。インド東部の一部から、バングラデシュにかけた穀倉地帯。

ジャングルブックで有名なインド生まれのイギリス人のラドヤード・キップリングが、1907年にイギリス初のノーベル文学賞を戴いて、そのわずか六年後に同賞をアジア人として初めて受賞したタゴール。

本作は、東インド帝国有数の名家の六人兄弟の末子として生まれ、青年期までは学業成績がさっぱり振るわず、名家の味噌っかす扱いをされながらも、領主として暮らした土地では善政を敷いて領民に慕われ、ひたすら文学と作詞作曲、絵画にのめり込み、やがて世界的な評価を得てからは、アインシュタインら多くの世界の文化人や思想家らと交流を持ち、またインド独立運動を非暴力で果たそうとしたガンジーの精神的支柱にもなり、知人が多くいたものの、アジアを占領し始めた日本に対しては一貫して批判の姿勢を崩さなかった芯のある人物で、さらには現在でも対立しているインドとバングラデシュの双方で愛唱され、生前と変わらずに敬愛されているタゴールその人の生家の大邸宅や領地の住まいを訪ね、さらに人々にインタビューをしたり、少女に密着をして、死後ほぼ八十年が経つのに衰えないタゴールの言葉や歌の力、そしてその影響力を描き出す、日本人女性監督によるドキュメンタリータッチながら、実写映画並みのこだわりを感じさせる構図と質のよい映像による作品。

タゴールの世界的な評価や作品そのものよりも、いかに今でも民衆に深く愛されているのかを描くことに力点を置いていて、日本ではこういう根強い影響力を持ちえた人はいないと思う。

日本の有名作曲家や作家、思想家、宗教家を十人位集めても、彼の業績や幅の広さには追いつけないかもと思うほど。

また、恵まれた環境の元に生まれ、何不自由なく育ったと思いきや、孤独の中で自分を貫く信念を語る言葉が実に力強く、周りからは何不自由なく見えても、ご本人は大変な思いの中で必死に生きていたことが偲ばれる言葉の数々は新鮮で意外、そして何より熱い。

国籍を問わない文学好きや、インド圏の文化や現代思想に興味のある方には、入り口として特にオススメ。インドやバングラデシュ、特にベンガル語圏の老若男女の胸の底には、タゴールの思いが言葉が今でも生きている。