もものけ

アイダよ、何処へ?のもものけのネタバレレビュー・内容・結末

アイダよ、何処へ?(2020年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

国連職員としてボスニア・ヘルツェゴビナで働くアイダは、迫りくるセルビア人から逃れる為に、国連のグリーンゾーンであるスレブレニツァへゆくことにする。
しかし、最後通牒を突きつけた国連は弱腰で空爆を行わず、セルビア民兵が我が物顔で振る舞うスレブレニツァで、ムラディッチ将軍との交渉を取り付けたオランダ軍は、通訳としてアイダを同行させようとするが、国連職員は拒否され地元の校長である夫が選ばれることになるのだが…。







感想。
20世紀最大の大虐殺である"スレブレニツァの虐殺"を通訳であるアイダの視点から描いた貴重な実話として告発した作品です。

アクション映画として「エネミー・ライン」戦争ドラマとして「最愛の大地」ヒューマンドラマ「ノーマンズランド」告発ドラマ「サラエボの花」「サラエヴォの銃声」など、数々の監督達があの悲惨な事件を映画化しており、目を覆うほどの恐ろしい出来事を伝えようという意図から、生々しい暴行のシーンなどを映像にして吐き気を催す"民族浄化"を告発しております。

こちらの作品も冒頭から国連との無意味な話し合いから、制裁である空爆がなされない場合のスレブレニツァの運命を表現するかのように、セルビア民兵に市長が殺されるシーンから始まる重苦しい演出でございます。
中立的立場である通訳のアイダ視点で、当事者でもある当時の混乱ぶりをリアルに映像として描いているので、どうしたらよいか分からなくなる翻弄された人々の状況がよく伝わります。

手ブレの多いカメラでの追い撮り主体でドキュメントのような臨場感を出しているので、緊張感がとてもよく現れております。

無意味な国連という組織の対応と、矢面に立つUNオランダ軍の基地内部の焦りなど、情報伝達がなされていないゆえの混乱。
戦争犯罪人として指名手配までされたムラディッチ将軍を実名で登場させ、当時メディアを使ってセルビア人を扇動していた様子。
目の間に迫るセルビア民兵から逃れる基地周辺の難民の多さと、家族でも入ることが出来なくなったアイダの立場など、脚本がドラマ性を高く練られているので映画としてもドキュメントとしても鑑賞できるほどの作り込みがハンパないですが、製作に携わった国の多さが物語っております。

途中、ヘアーコンテストの映像が流れてきて不思議な印象を受けますが、ラストにカメラを見つめる人々の冷やかな目は、昨日までの隣人が殺し合いをしているメタファーとなっており、本来は同じ街でクロアチア人とセルビア人が普通に暮らしていたことを表しております。
この表現はラストシーンでもある戦後の街でも登場してきますが、こちらは意味合いが変わり怨恨の根は未だ変わらずという意味合いでしょうか。
元教え子がセルビア民兵として武装して話し掛けてくるシーンにはゾッとさせられてしまいました。

このセルビア民兵はスルプスカ共和国軍に所属した非正規部隊であり、軍人としての統制もとれていない野盗のような存在で、おそらく"サソリ"の構成員ではないでしょうか。
ニヤけた表情にだらしない軍服といい、規律の型にハマっていない愚連隊のような風貌です。
このような人間達が起こした"スレブレニツァの虐殺"は凄惨を極めており、殺人・強盗・レイプと犯罪者集団と化してゆきます。

基地撤退まで残された時間で奔走するアイダを演出することで、タイムリミットまでのハラハラさをスリリングにしているので緊張感があります。
為す術もないオランダ軍が、先の運命を知っているかのように悲壮感に駆られるシーンなど、緊張感の中にドラマティックに描いております。

男達の行く末もしっかりと描かれており、その全ては虐殺されていた事実を、セルビア人が普通に生活している側で平然と行われていたというショッキングな映像として表現されていて不気味です。
なぜここまで隣人として暮らしていた人々を平然と殺す事ができるのだろうか?と、疑問を浮かばせるかもしれませんが、これが人間性の本質なのでしょうか、異常な状況下で上の立場として権限を握ってしまうと、人間は弱い者を徹底的に痛めつける動物なのかもしれません。
それとも民族対立の深い根は、他人が理解出来ないほどのものなのでしょうか。
20世紀末に起きたとは思えない、想像の斜め上をゆく恐ろしい出来事です。

ラスト近くの身の毛もよだつほどの恐ろしい場面として描かれた、アイダの家に住む家族。
人間の切り替えの早さなのか、教職に戻るアイダへ息子が入学すると平然と語るシーンにゾッとしながら、階段ですれ違い挨拶を交わす父親の姿が、スリラー映画よりも怖くなる恐怖に凍りつく場面ではないでしょうか。
その家はアイダが住んでいた場所であり、クロアチア人への仕打ちを忘れたかのように息子を紹介する母親、その家へ当然のように帰ってゆくセルビア民兵だった男。
このシーンが、監督が最も描きたかった訴えのように感じてしまいます。
これは、いつ逆の立場になるかもしれない緊張が生活の暮らしぶりに溶け込んでしまっているという恐怖が、やるせなく感じます。

遺体との対面シーンまでキッチリと描いている本作は、掘り起こされた無残な遺体が並ぶ部屋で慟哭するアイダを通して、悲劇を忘れないように伝える名シーンでもありました。

下手な哀愁にとらわれる美しい作品としてではなく、生々しい現実をありのままに表現した"普通の人々"が起こした恐ろしい出来事を描いた傑作に、5点を付けさせていただきました!!

そしてラストシーンは、学芸会を楽しむ両親達と共に、あの冷やかな目で見つめるアイダがいます。
これが邦題でもある「アイダよ、何処へ?」に繋がる伏線となる演出は見事です。
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