平野レミゼラブル

アイの歌声を聴かせての平野レミゼラブルのレビュー・感想・評価

アイの歌声を聴かせて(2021年製作の映画)
4.2
【AI=愛=アイによって構築されたアイに満ち溢れたミュージカル!!】
滅茶苦茶面白いし興奮した良い映画だったけど、せめてロボット三原則は守って欲しい!!!!!

CMでも素っ頓狂な調子の声で喋っている女の子がいましたが、彼女の正体は実は試験中のAIが搭載されたロボットのシオン。人間世界に自然に溶け込むことが出来るのか?という実験を行っているため、ひょんなことから正体を知ってしまった同級生のサトミ以下4人は、周囲にシオンの正体を隠しながら過ごすことに…というのが本作の概要。そのシオンというのが「本当に隠す気あるのか!?」って程に無茶苦茶な性格をしている上に「サトミを幸せにする」と主張するため、サトミら同級生たちは常に彼女の引き起こす騒動に巻き込まれることになります。
加えて、シオンには周囲のネットワーク接続機械であれば自由自在に動かせるという割と無法な能力を持っており、舞台もAI実験都市のため騒動の規模がいちいちデカい。思考回路がかなりトンチキかつ倫理も理解しきれていない危なっかしさなため、彼女の行動一つひとつが一歩間違えればテロレベルとなっているのが凄まじいです。
そのため、困ったことに悪役として設定されているツダケンボイスの支社長の「問題起こすAIとか怖すぎるから処分だ!処分!」の意見にはちょっと「そうだね…」と思ってしまう部分がある。それでも、最終的にシオンのことが大好きになって、処分なんてとんでもない!!に持っていくんだから凄いです。

まあ、そもそも『AI崩壊』みたいに人工知能に警鐘を鳴らすとかの映画じゃないから、そこら辺は割とどうでも良いんですけどね。本作の良かったところの一つは、支社長が実は裏でAIを悪用して軍需産業に手を伸ばしていた…みたいに変にスケールをデカくしたりせず、シオンと周りの友人たちという極めてミニマムな部分での物語に終始していたところですから。
あくまでトラブルメイカーであり、人間とは違う存在であるシオンが巻き起こす騒動を通して、多感な時期の少年少女の関係がちょっと進展したり、「大人」に無謀にも立ち回っていく青臭さを出したりという王道の青春学園アニメとして成り立たせているのです。
さらに『アイの歌声を聴かせて』は独自要素としてプラスしたものがあります。それこそ「ミュージカル」であり、ともすれば滑りまくり浮きまくりになりがちなその要素をAI設定で見事に克服した快作に仕立てています。

ミュージカル映画をやる上での課題となるのは、やはり「急に歌うよ!」問題であり、そこに引っ掛かって苦手とする人も多い印象。ミュージカル映画もその点は織り込み済みなのか、ひたすら画面をゴージャスにしてエンタメに振り切ったり、理想と現実でキッチリ歌とお芝居に区別をつけるといった工夫を施して「急に歌うよ!」問題の緩和に取り組んでいたワケです。
ミュージカルアニメを十八番にしている天下のディズニーだって、アニメの世界で歌えば青い鳥や煌びやかな蝶が寄って来るのに、現実のニューヨークで歌えばネズミやGがたかってくる…という皮肉交じりなミュージカル表現となっている『魔法にかけられて』なんて作品を創っています。

んで、『アイの歌声を聴かせて』における「急に歌うよ!」問題の緩和条件になっているのがシオンがAIだという設定。
前述通り、シオンはポンコツなため、人前で急に歌い出してもおかしくない前提条件が出来上がっていますし、さらにAIとしての能力で周りの機械を自在に動かして賑やかにさせる演出まで担当してしまうという。彼女が歌うと同時に電子制御のピアノは一人でにメロディを奏で、掃除ロボは踊り、液晶画面にはプロジェクションマッピングのように美しい色彩が浮かび上がる。
このシオンのAI設定一つで「歌う」ことの違和感をなくし、画面演出も自然とゴージャスとなり、映画全体を軽やかにしています。

歌のもたらすエモーショナルな突破力によって思春期特有の人間関係の問題を修復していく……なんてストーリーラインはありきたりではあるんですが、流れがしっかりしているため素直に面白く感じてしまう。
そんな自然な演出の一つに情報の出し方の適格さが挙げられます。例えば最初にサトミがアナログな電子時計で目覚めたと思えば、次にアレクサよろしく声をかけるだけでカーテンが開くといった具合に、AIがこの世界だとこれくらい出来て浸透しているんだなって背景が窺える。朝食の準備をしている内にサトミの母が冒頭でシオンを開発していたAI研究者ってことも判明するし、登校中にロボットが田植えをしている田園風景でどうやら彼女達は大企業が運営している実験都市で暮らしているらしいこともわかってくる。
こうした小出しにされる情報によってサトミやクラスメイトらの置かれた立場というのを自然に察せさせて、詰める時にはシオンの歌という推進力で一気に詰めていく。この緩急入り交じった演出があるからこそ、スムーズに展開を受け入れられるしミュージカルのカタルシスに感動できるのです。

そもそものミュージカル映画としてもかなりのハイクオリティで演出が冴え渡ってもいます。
柔道の乱取りで「Sing,Sing,Sing」をやるという発想なんて特に凄かったですよ。AIならではの演出が面白い本作ですが、これに関しては特にAI関係なしに表現出来るのに、今まで誰も思いつきもしなかったミュージカル表現ですからね。この斬新なアイデアをぬるぬる動く体捌きに、引き締まったビシッバシッといった音をリズミカルに合わせるセンスが素晴らしく、滅茶苦茶に楽しかった……

それらの様々なミュージカル表現を経ての、第一の山場の演出はJ.C.STAFF渾身の美麗作画も相俟って非常に華やかで美しい場面になっています。
サトミは幼少期からディズニーのような質感のミュージカルアニメが大好きで、サトミを幸せにするという命題を持ったシオンは彼女の理想のシチュエーションを叶えるために、持てるAI制御能力の全てを使ってエレクトリカルパレードを再現するのです。
本当、ここら辺の映像は本家ディズニーと比べても遜色がないくらいに素晴らしく、それでいながらちょっと日本的な手作り感にも溢れている“抜け”もあって微笑ましい。
ところで花火も上がっていますが、これはAI関係なくにゃい?もしくは花火に見えるだけで実はドローン演出とかなんでしょうか。

この第一の山場以降は、シオンが抱える秘密にフォーカスを当てた核心部分に触れることになり、同時に物語も転調を迎えるのですが、ここもまた熱い。
あまり語りすぎるとネタバレになるので言えませんが、子供達が大人に対して鬱憤を晴らしていく「逆襲」の要素を持っていまして、結構勢いのままに推進していく形にはなってきます。ただ、ここまでずっとミュージカルを物語に浸透させていたからこそ、論理的よりも感情的、ロジカルよりもエモーショナルを優先させた展開ってのも受け入れることが出来るようになる。
なんでしょう、『竜とそばかすの姫』というより『君の名は。』や『天気の子』寄り?無茶苦茶やってんな!とは思うけど、その行動に呆れるワケではなく、おうやっちゃれ!と応援してしまう感覚。
そりゃ、シオンはロボット三原則ガン無視の存在だし、そんなものを自信満々にお出ししたサトミママンどうかしてるぞ!って想いはあるんですが、その辺りにもしっかりとした理由がありましたからね。かなりよく出来ている。


しかし、吉浦康裕監督、『イヴの時間』をはじめとした他作品を観たことがなかったんですが、確実に「AIを得意にしている監督」じゃなくて「AIを性癖にしている監督」な気がしますね……
ところどころにAIシオンに性癖ぶつけるかのような演出が多々ありまして、それこそガワが美少女じゃなくても同じ感じに描いていた気がしてならないですよ。大事なのはシオンの容姿じゃなくて、「人を幸せにする」という大前提の下で必死に頑張るAIの美しくて可愛いくてどこまでも健気な存在そのものですからね。
感覚としてはSF漫画描くために理工系の大学に入り、『Dr.STONE』を連載する傍らでAIッ娘を誕生させるだけのスピンオフ漫画描いていたboichi先生に近いというか……そりゃ、ヲタクはみんな健気なAI大好きですよ。そしてそんなAIシオンも大好きですよ。大好きってことは幸せだから、みんな幸せですよ!!


演者にしても本職の声優と、本職ではないけど巧い人を良い具合に混ぜていて違和感なかったので好感度高いです。前も言った気がしますが、今や声のお仕事メインじゃない人もバッチリ巧いんだから器用な人増えてんなって感じです。
特にシオンを演じた土屋太鳳ちゃんは、素っ頓狂でどこかヤバイけどそれでも可愛らしいAIアクトが滅茶苦茶巧い。普段、生身じゃそんな役を演じていないにも関わらずです。その上、歌も滅茶苦茶上手とあれば、本作の演者の中で最も器用と言って過言ではないでしょう。
個人的に彼女には、日体大出身の身体能力を活かしたアクション女優としての道を歩んで欲しいだけに、マジでマルチな才能が逆に悩ましく感じてしまうぜ……!

オススメ!!