平野レミゼラブル

記憶の技法の平野レミゼラブルのレビュー・感想・評価

記憶の技法(2020年製作の映画)
3.4
【記憶探しの旅はやがて帰り道へ】
久々の試写での鑑賞
2016年に57歳で逝去された吉野朔実の同名漫画が原作。原作は未読ですが、1本の映画としてしっかりまとまっており、こぢんまりとした印象は否めないものの、完成度自体は水準以上と言って差し支えないものになっております。

部分的に幼少期の記憶が蘇ってくる種類の記憶喪失を抱える女子高生の華蓮が、記憶を取り戻すために旅に出るというお話であり、要はルーツ探しの物語です。幼少期の記憶なんて基本忘れるものだし、忘れていても特に問題はないような気もしますが、今の両親が本当の両親ではないという真実も同時に明らかとなれば話は別です。
今までずっと隠し通されていただけに両親を頼ることは出来ず、代わりに同級生の穂刈に協力を依頼し、華蓮は韓国への修学旅行をキャンセルしてまでルーツ探しの旅に向かいます。

旅の同行者にもなる穂刈くんというのがまた面白いキャラクターで、青い眼をしていてイケメンなんだけれども、毎日のように女の子と修羅場になっている問題児。女癖は異様に悪いクセに、女の子自身には興味がないのか、痴話喧嘩の最中にも表情一つ変えずに「ふーん、振りたいなら振れば」といった感じのクズヤロウです。
「自分の出生を知られても後腐れない」&「夜の街で働いていたりと妙に大人びていて頼れる感じではある」と条件は揃っているものの、割とアウトローな生き方をしてるのでよくもまあコイツに依頼したなとは思うんですが、結果的に大正解の人事でした。穂刈くん、そりゃモテるだろうよって納得の段取り力持ってるんだもの。

旅先での宿の手配から無駄なき旅順のスケジューリング力、さらには役所で怪しまれずに戸籍を手に入れるための機転や用意の良さに加えて聞き込みの手際の良さといった捜査能力、両親や級友を両方騙すための詐称力もあれば、おまけに夜行バスで食べる弁当から旅先の名物ラーメンまで恐るべき手際の良さで用意してくれるのが本当に凄い。華蓮に対しては、全ての経費を3割増しで請求してきますが、ぶっちゃけそれくらいの料金取られても文句は言えないレベルのツアーリングスキルであるよ。君は夜中にバーテンダーやるより探偵か旅行代理店を始めた方が良い。
あまりに穂刈くんの能力高すぎて華蓮は終始おんぶにだっこ状態だったので、主人公としてはお前それでいいのかって感じもしなくはないくらいです。

本作で視覚的に印象に残るのは「赤色」であり、ポスターや予告でも目立ちます。本編でも金魚やキムチといった形で効果的に配置されていますが、赤色が連想させるものは「血」であり、特にキムチに関しては本当に最悪の連想をさせてきて(しばらく食べられない…)、不穏極まりないわけです。あまりの不穏さに流石の穂刈も制止するわけですが、華蓮はその忠告を無視して真実の記憶を追い求めます。
日常のふとした動作が、過去の記憶を呼び起こす「検索ワード」になるということもあり、随所でリフレイン演出があるのも特徴的。前半の淡々と優しい日常描写が、後半の凄惨な記憶の引き金となることに驚かされます。特に常に笑顔の小市慢太郎演じる父親が凄く良い人感あるんだけど、後半入ってから思い起こすと妙に怖くなってくる……(風評被害)彼に関してはある人と役柄逆でも良かったんじゃないかって気がしてきたぞ……

記憶探しはルーツ探しであり、記憶が人格をも形成するならばそれは詰まるところ自分探し。その記憶がなければ自分のパーツが抜け落ちたような気持ち悪さも感じますし、逆に鮮明な記憶があったとしてもその記憶を受け入れることが出来なければ自分への納得も出来ないのです。記憶を肯定し、自分を納得させることは、今自分がいる居場所にも安心感を得ることにも繋がります。
本作は旅の映画でもあり、東京-福岡-釜山を急ピッチで行き来しますが、これらの旅路は自分の居場所に帰るための過程に過ぎません。そして、ツアーコンダクターとして常にリードしていた筈の穂刈がふと見せた不安。その不安を包み込むかのようなラストが、また新たな旅が始まるようで良い見心地でした。