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アフター・ラヴのumisodachiのレビュー・感想・評価

アフター・ラヴ(2020年製作の映画)
4.0


パキスタン人で船乗りの夫と結婚し、自身も回収した英国人女性メアリー。ある日夫は急死。遺品を整理していたところ、フランス人女性のIDと彼女とのメッセージのやりとりを発見する。ドーバー海峡を渡って彼女に会いに行ったところ、彼女は引っ越し目前でバタバタ。メアリーのことを派遣されてきた家政婦だと勘違いして……。

日本で公開するのかわからないから、ネタバレ満載で書こうと思う。設定があまりにツラい!!

【以下、ネタバレあり】


















夫はフランスに別の家庭を持っていて、そこにはキャリアウーマン然としたGとティーンエイジャーの息子ソロモンがいた。メアリーはムスリマなのでスカーフを着用しているのだが、初めてGの家を訪れたときは相当なオシャレをしている。それでも、Gは一目見るなりメアリーのことを掃除婦だと決めつけ、勝手に引っ越しの段取りについて説明をはじめてしまう。ムスリマな時点で夫と関連付けてもよさそうなものだが、Gがそうしなかったのには理由があった。夫はGに対して、イギリスに妻がいることは話していたものの、妻はパキスタン人だと嘘をついて写真も見せなければ名前も教えていなかったのだ。メアリーが明らかにパキスタン人ではない容姿だったので、油断したというわけ。

とはいえ、メアリーにとってもこれは好都合。警戒されることなく情報を収集することができる。無口なタイプのメアリーだが、毎日一緒に作業をする中でGもソロモンも少しずつ彼女に心を開いていく。そして、徐々に知らなかった夫の姿が明らかになっていき……と書くと、サスペンスやメロドラマを想像するかもしれないが、本作はそういったタイプの映画ではない。もっとジワジワと効いてくるタイプの映画で、花弁が1枚ずつ落ちるように事実がわかっていくに従って、メアリーが耐えなければいけない苦しみが増えていく。いっそのこと憎んでしまえば楽なのだろうが、夫がいない今となってはそれすら難しい。

英国人として生まれ、若い頃に夫に出会い、(おそらく)周囲の反対に会いながらも夫の宗教に改宗して暮らしていたメアリー。外出するときはスカーフを身に着け、もちろん日々の礼拝もしっかりとやり、パキスタン料理も学んで夫に尽くして来た。葬式にメアリー側の親族はいなかったので、もしかしたら自分の家族とは縁を切ったのかもしれない。20数年前に子どもが生まれたものの、すぐに亡くなってしまったという悲しい過去もある。

一方、Gは改宗もしていなければパキスタン料理を覚えることもなく、メアリーの夫との間に息子をもうけて育てている。パートナーの死を知らないので、パートナーはイギリスの妻を捨てて自分たちと引っ越しをすると信じ込んでいる。息子のソロモンは反抗期なのもあり、Gに反発気味。母親ではなく父親と暮らしたいと言い、父親に話を聞いてもらいたくてたまらない。

耐えられます?家族を捨て、宗教を捨て、夫のすべてを受け入れ、子供を亡くし……という人生を送ってきたら、自分の知らないところで夫が何ひとつ変わらないままでいる女を愛し、その女との間に(自分は失ってしまった)息子を作って育てていたなんて。想像しただけで吐きそう。いや、あまりにひどくて想像できない。しかも、夫はGに「妻との間に子供はいない」って言ってたんだからね!!許せないという言葉では足りないよ。

ドーバー海峡の際まで行って夫の帰りを待ち、お茶を入れるときは常に夫と自分の分を入れ、亡き息子の写真を見つめながら暮らしてきたメアリー。ふと2杯分のお茶を入れそうになって我に返ったり、老いた自分の姿を鏡で見つめて辛くなったり……彼女が愛した夫と、守ってきたプライドが何度も何度も打ち砕かれていく地獄。

それでも、メアリーは怒ることができない。妻がいるのに夫との関係を望んだGは夫に嘘をつかれていたし、ソロモンには何の罪もないのだから(むしろ一番の被害者だ)。すべてを放り出して死んでしまった夫を憎み切れればいいのかもしれないが、夫への愛こそが生きる証だったメアリーにとってはそれも不可能。うううううう………む、無理!!!キツすぎて脳が思考を停止する!!!

とまあ、極めて特殊な状況の極めて辛い物語なのだが、本作は静かに淡々と進んでいく。先述したお茶のくだりのような些細な仕草や、少ない言葉で多くのことを表現していく見事な構成。偶然と必然どちらともとれる絶妙なタイミングで訪れる、さまざまなきっかけ。嘘がいつ暴かれるのかというサスペンス要素、一見すると理屈が通っていないように見えるメアリーの行動に対する力強い説得力、ドーバー海峡を隔てたふたつの世界の空の色や海の様子。愛の深さと人生の苦しさを描き抜いた、実に雄弁な作品だと私は感じた。

にしても!夫!ゆるさん!!


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