もものけ

ある人質 生還までの398日のもものけのネタバレレビュー・内容・結末

ある人質 生還までの398日(2019年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます

運命はどこで変わるかわからない残酷なものなのよねぇ~・・・。

デンマークの体操チームのメンバーであるダニーは、送迎会で怪我を負ってしまい6年間の努力虚しく仲間を見送ることになってしまう。
写真家としての道も視野に入れていたダニーは、心機一転地元の写真家へ弟子入り修行をすることにする。
助手として訪れたソマリアの戦地で撮影した体験で、戦場ではないが政情不安な国の人々の生活を写真を通して伝えたい気持ちが芽生える。
家族の反対を押し切って、情勢悪化するシリアへ単独で取材に訪れることになるが、ダニエルはテロ組織に拘束されてしまうのだった・・・。


感想。
名作「ドラゴン・タトゥーの女」のニールス・アルデン・オプレヴ監督の作品で、シリアスで生々しい描写で描く拘束から開放までを事実を元に脚色して描いた作品です。

西洋人のモラリズム万歳な、ヒューマニズム愛国心映画であり、イスラム勢力が見たらツバを吐きかけたくなるご都合主義な映画に見える作品ですが、不屈の精神でジャーナリズムを訴えた英雄を描くのではなく、単純な動機から巻き込まれて悲惨な状況にただただ怯え、絶望に落とされていく主人公を背景に風刺して演出しているので、それほど強引に感動を押し付ける作品になっていなく、余韻にふと考えさせられるエンドロールのセリフが唯一救いようがある感覚がする映画でした。

ダニエル一人だけが拘束され助けられるまでの感動ドキュメンタリーではなく、戦地で拘束された様々な国のジャーナリストが、解放されるか殺されるか瀬戸際で追い詰められる心理描写を、スリラー・タッチで描いています。
その中でもアメリカ人が、イスラム勢力にとってどんな存在なのかということに重点を置かれており、その背景のイスラム勢力がなぜそこまで憎むのかという反面を含んだ演出にもなっているので、とても複雑な気持ちで鑑賞させられます。

作品のプロットとしては、デンマーク政府の政策への批判にとれる内容で、アメリカ政府との対応の違いなどで表現しており、アメリカは違うねと言わんばかりですが、実際に身代金を払っても彼らはまたジャーナリズム精神で現地へ戻るし、そのお金がテロ組織の活動資金になるというジレンマを感じさせるシーンとして、募金を募る家族の視点からも描いていて複雑な気持ちになります。

この家族の活動と、ネゴシエーターの活動を同時進行で描いてドラマ性がありながら、スリリングにしている点は観やすくなってます。
本人のために家族の払う犠牲が、みすぼらしいくらいに再現されており、戦地へ行くリスクはこういうものなんだよと訴えかけているようにも見えました。

拘束された生活を生還者であるダニエルの証言から映像化しているのか、それは生々しく終わりの見えない恐怖から自殺を選んでしまうシーンなど、緊張感が凄まじく演出されていました。

CIAが探している重要人物ジェームズ・フォーリナーという男が出てきますが、個人的に「ロックンローラー」でクールなイケイケの歌手を演じて大好きな、トビー・ケベルが出演していて驚きました。
このジェームズ・フォーリナーは、CIAが救出部隊を投入してまでも助けようとしていて、一見するとアメリカの人道主義を反映しているシーンですが、おそらくCIAの諜報員ではないでしょうか。

やっと解放されたダニエルが帰国して、妹の抱擁の長さに家族の愛を感じさせるいい場面でした。
そこで終わるかと思いきや、ジェームズ・フォーリナーがISに一時期頻繁に動画がアップされていた有名なシーンとして、殺されてしまいダニエルは遺族を訪ねアメリカへ向かいます。
そこで何を感じとったのかは本人しか分かりませんが、遺書を愛する家族の元へ届け、ダニエルはまた戦地へ向かうエンディングで終わるシーンにはなんとも言えない感覚にさせられました。

終始、西洋人の立場で描かれた脱出劇ですが、ちらりちらりと表現されるIS側の立場に注目です。
不平を言う人質を殺害するため銃口を向けますが、その手は震えています。
ダニエルが向かった自由シリア軍が支配していたはずの地域が、別の勢力に目まぐるしく変わるシリアの情勢。
場所の特定をされないように移動する日々が映し出す、文明が崩壊し残骸と化した街並みと人々の生活の貧しさ。
わずかなシーンですが、監督はこれを表現したかったのではないでしょうか。

われわれがニュースで見聞きするISという過激派テロ組織の悪辣極まりない悪の権化は、アラブ民族全てを総称していることに気づかせてくれます。
シリア国内で、武装組織である自由シリア軍は友好的で、実情を世界へメッセージとして届けて欲しいと訴えています。
ダニエルを売り渡したアラブ人は、その表情に不安があり、勢力ごとに交流しておかないと殺される不安のようにも見えます。
身代金交渉の間に入ってくれるイスラム教の指導者は、悪い人間にも見えますが彼らが仲を持たないと、憎悪で満たされた組織との交渉すらままなりません。
そして戦禍で生活もままならない土地で暮らしていかねばならない人々。
これら全てシリア国内の人=ISのイメージで見ている者たちです。

ラストにダニエルが言う「自分よりも、もっと辛い目に合っている人がいる」とのことは死んだジャーナリストのことではなく、これらアラブ民族を指していると思います。
このセリフが唯一この作品で描きたかった監督のメッセージととれて、西洋人万歳映画ではない深い内容の作品であったと感じるとこでした。

それらを伝えるのはやはり、現地に入るジャーナリスト達ということにもなります。

なかなか重いテーマを含んだ、サスペンス的なドラマに4点を付けさせていただきました!
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