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イヌ
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イヌ

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配信状況無料期間と料金
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  • 業界最安値水準のコストパフォーマンス
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『イヌ』に投稿された感想・評価

kuu
2.5
『イヌ』
製作年 2002年 製作国 日本。
上映時間 100分。
今作品劇場長編デビューとなる北田直俊監督。26歳の時に雑誌で目にした片足の老犬にインスピレーションを受け製作。人間たちに翻弄された末、交通事故で死んだ一匹のイヌが異端の姿で生まれ変わり、人間に復讐を企てる異色の実験映画。

冷たい視線が交錯する現代の片隅で、この異形なるフィルムは静かに、しかしイカれた熱量を持って息づいてはいる。
今作品に対する評価てのは激しい拒絶か、さもなくば熱狂的な陶酔かちゅう極端な二分化が起きるんちゃうかな。
それはこの映画が観てる側を心地よくもてなすための道具ではなく、作り手の内臓をそのまま銀幕に叩きつけたようなモンやしやしかな。

なんと製作費約1,800万円、アダルトビデオ(AV)1作品あたりの製作費の平均が、約70万円〜200万円ちゅうから、ゼニもつかい完成までに7年ちゅう歳月を費やした監督の執念が画面から伝わる。
ただ、生活費込みやったら怒るでしかし。
この資金が生活費抜きで映画のみとは考えにくいが、でもそのゼニのため多くは監督自らの肉体労働によって調達され、撮影・編集の大部分を一人で抱え込んだと云うんやから、そのプロセスは、映画を作るという行為そのものが一種の禅と云うよりも修験道者荒行であったことを物語ってはいる。
観てる側もそれを強いられる感はある。
面白い作品か?なんて問われたら正直クソオモロなかったしクソポルノを見せられてる感はあったのは否めない。

全編にわたってシュールでアヴァンギャルドな実験映画の側面が強いし、一般的な起承転結のあるエンタメ映画を期待するとよく分からないとおもんないと感じる原因もあるんかなポルノも多いしキモい。
超低予算で長期にわたり撮影されたためか、自主製作特有のクソ粗さやチープさが目立ち、そこで冷めてしまうのも否めない。
せや、その技術的な欠落をねじ伏せて評価なしからポイントを上げるのが、監督独自の世界観かな。
死んだ犬がカカシ(異端の姿)として生まれ変わって人を血祭りにあげるという奇想天外かつアヴァンギャルドな設定。
このあまりにも不条理で禍々しい復讐劇ってのは、単なる悪趣味なホラーの枠組みを逸脱し、一種の宗教的な寓話へと昇華されていく点で小生の妄想熱は上がった。

この、死んだ犬がカカシに転生して人間を血祭りにあげるってプロットを、シュルレアリスムの画家でもある巨匠サルバドール・ダリのカイゼル髭オヤジが映画化していたなら、一体どんな悪夢が立ち現れていたんやろうか。

『アンダルシアの犬』(1929年)や『黄金時代』(1930年)みたいに、きっと髭ちゃんやったら、グニャリと溶ける時計のように歪んだカカシの影を這わせ、犬の死骸から湧き出す無数の蟻がその肉体を形作っていくよな変貌を描くはず。
作中の詩には、ダリの最愛の妻ガラの前夫であり、シュルレアリスムの詩人でもあるポール・エリュアールに書いてもらったりして。
全身に引き出しが付いたオブジェや錆びたハサミで人間を血祭りにあげ、血飛沫さえも硬質なアートのように凍りつかせるはず。
そこには物語の整合性などなく、夢と現実の境界が崩壊したイメージの嵐が吹き荒れるに違いない。

そう妄想させるほど、今作品の"プロット"はとても面白い実験的な映画でした。


これよりは仏教的な考えについて徒然に。

※仏教なんかどっか末香臭く、得体の知れないものとして敬遠される方もいるとは思います。そんなややこしい話は勘弁してほしいと思われる方は、どうかこれより先はスルーをお願いいたします。また、ここから先をお読みいただける方におかれましては、あくまで人生の目的のために私的に学んでいる最中の思索ゆえ、誤りや至らぬ点がありましても、どうか寛大なお心でお許しください。

今作品の底流を読み解くとき、我々は、一切皆苦(この世は思い通りにならず、本質的に苦しみに満ちている)って仏教のリアルな現実に直面するかもしれない。 
人に虐待され、アスファルトの上で命を散らした名もなき犬の理不尽な死は、まさに現世の不条理そのものです。

さらに深掘りするんなら、今作品の血塗られた骨組みは、我々が普段使う『四苦八苦』の構造そのもの。
生・老・病・死って、生きること、老いること、病の悩み、そして、死の根源的な四つの苦しみに四苦に加えて、愛する者との別れ(愛別離苦)・嫌な奴と出会うストレス(怨憎会苦)・求めるものが手に入らないジレンマ(求不得苦)・心身の欲望に振り回される葛藤(五陰盛苦)合わせ四苦八苦。
登場人物たちは例外なく、この八つのマインドの罠に縛られ、身悶えしとる。
理不尽に命を奪われた犬の怨み、そしてカカシちゅう異形になってなお復讐の執着に焼かれる姿は、現世という監獄に囚われた我々の縮図に他ならない。

しかし、映画はそこで終わらなく、小生のクソ面白ない感想文も終わらなくて。
死んだ犬はカカシちゅう偽物の人の姿(異端の器)でカムバックする。
これは因果応報のサイクルが回り始めた合図。
彼が人を血祭りにあげる凄惨な歩みは、命を軽んじる人間社会のカルマ(業)に対する、大いなる代償のようにも思えてきます。

せや、小生が今作品で最も激しく揺さぶられ、個人的な探求テーマとシンクロしたんは、仏教哲学の真髄である『空(くう)』の思想です。
小生は自分の目的の一環からとして、日頃からその深淵を思索しているアホですが、今作品のカカシという存在にこそ、まさに『空』が内包する無限のダイナミズムを感じるんです。

『空』ってのは、すべての物事には固定された中身、実体とかはなく、あらゆるものは環境や人間関係、因縁によって、一時的にそこに見えているだけって世界観です。
カカシは木と藁で組まれた、中身のないフェイク人間です。
その空っぽの衣服に犬の怨念という条件が乗っかることで、たまたま一時的にあの形になってる。
そこには固定された犬も人間もいない。
何書いとんねんレベルになってきてもた。
あるのは、環境によって変わり続ける、形なき命の蠢きだけ。

余談ながら、この『空』を現代の視点で説明するんなら、例えば父ちゃん母ちゃん身近な人が亡くなり、荼毘(だび)に付された時のことをイメージしてほしいです。
火葬場で焼かれると肉体は一瞬で骨になり、例え土葬であったとしてもいずれ土へ還る。
しかし、肉体を構成していた無数の細胞や原子が、地球上から消滅したわけではない。
アインシュタインの相対性理論や質量保存の法則が示す通り、太古の昔から地球上のエネルギーの総量は変わらないからです。

つまり、死ってのは、完全な消滅ではなく、分子レベルでの解体とシャッフルに過ぎないのやと小生は思い至ってます。
亡くなった人々は、あるものは水分として空気を漂い、あるものは大地に溶けて植物や動物など、次の生命のピース(構成要素)として地球にスタンバイしている。
だとするなら、もし世界中に散らばった、その人を構成していたすべての要素をもう一度寸分違わずリビルドできたなら、理論上はかつてのその人を再現することも不可能な話ではない。
その考えじゃ秋川雅史が唄う『千の風になって』 の歌詞、『そこに私はいません。眠ってなんかいませーーー』はまさにそれ。

これこそが、大乗仏教の云う『空』の本質やと小生は概ね思い至ってます。
固定した私とか、あの人って絶対的な実体はない=空。
この考えから進めたら一期一会も読み解けるが割愛。
しかしそれは、西洋哲学的な虚無(ニヒリズム)じゃなく、あらゆる要素が条件(縁)によって一時的にシェアされ、形を成しているだけちゅうポジティブな可能性です。
形あるもの、『色』は常に変化してストップしない『空』、実体がないからこそ、次の新しい形『色』が紡ぎ出される。
これがお馴染みの、般若心経の一節『色即是空。空即是色。』が意味する、現代的な科学の風景ではないやろうか。

話しはもどり、今作品の特筆すべきは、その血生臭い復讐の旅路の途上で描かれる、静謐な時間の連続で、逃亡犯の男や少年との旅路を通じて、孤独な魂が生きる痛みと向き合うといった仏教的・精神的な世界観が内包されており、深い余韻を残す点が高く評価されています。

カカシとなった犬もまた、復讐を果たしながらも、自らが背負った異形の肉体と、生きることそのものが伴うズキズキとした痛みに悶え続ける。
せや、同じように社会の底辺を這いずる逃亡犯や、無垢ゆえに孤独な少年と視線を交わす瞬間、そこに言葉にならない、同苦、痛みを分かち合うことが生まれる。
仏教でいう慈悲ってのは、上から目線の憐れみやなく、相手と同じ地獄や場に立ち、その苦しみを我がこととして震えること。
西洋宗教の隣人愛にも通じるけど
この映画は、お互いに傷を舐め合うことすらできない不器用な魂たちが、ただ同じ夜道を歩む姿を通じて、泥の中に咲く蓮の花のような、かすかな救済の可能性を提示している。

彼らが結ぶ刹那的な絆もまた、この『空』の視点から見れば示唆に富んでいるかな。
互いの素性も知らず、言葉による深いコミュニケーションを交わすわけでもない。
ただ孤独という縁によって、一時的に同じ時空に引き寄せられ、また煙のように離れていく。
彼らの関係性には、所有も、執着も、永遠もない。
ただ、そこにあるんは、お互いが、お互いであることによって、今ここに仮に存在しているちゅう、剥き出しの『空』の風景。

カカシが振るう凄惨な暴力、人々の叫び、血飛沫。
それらは画面上で圧倒的な生々しさを持って観客を震撼させるが、映画の幕が降りた瞬間、すべては一筋の光の幻影へと帰していく。
色即是空、目に見える物質は、本質においては空である――どれほど激しい怨念も、血の海の復讐劇も、宇宙の大きな流れの中では、一瞬の泡沫に過ぎひん。

小生が私索の中で追い求める『空』とは、冷酷な虚無主義ではなく、すべてが実体を持たず、移り変わるからこそ、傷つきながら歩む孤独な魂たちの生きる痛みが、一瞬の火花のように切なく、そして愛おしく輝く。
今作品は、その痛みを徹底的に描き切ることで、逆説的に、すべてが『空』に帰していく世界における生の輪郭を、我々の脳裏に深く刻みつけている。

観終わった後に胸に残るんは、カカシの虚ろな眼窩が見つめていた、この世界の圧倒的な寂寥感。それは綺麗にパッケージされた感動ではない。
しかし、映画という表現が持つ、剥き出しの呪術的な力を信じる者にとっては、いつまでも頭から離れない、深く、暗い引っ掻き傷のような記憶となってます。
Juzo
4.1
一匹の犬の視点を借りながら、人間社会の残酷さと無関心を容赦なく突きつける異形の映画。物語は寓話的で荒唐無稽なのに、描かれる感情だけはやけに生々しい。犬が人間の世界をさまようほどに、人間の方がどれだけ壊れているかが露わになっていく。
自主制作ならではの粗さはあるが、それ以上に執念と個人的な切実さが画面に焼き付いている。かわいさや感動を期待すると裏切られるが、不快さごと受け止める覚悟があるなら忘れがたい一本。善悪や救いを安易に与えない姿勢が、強烈な後味を残す。
腕
3.3
atg産の母をたずねて三千里

どうしようもない奴らがどうしようもない世界で彷徨い続けひっそり消える。
下層が下層を踏みにじる感じ、たまんねぇや。
後半5分で急にテイスト変わってビビった。

完成まで8年かかったらしく、途中から露骨に機材強化されてて笑う。
っていうか、そういう演出か?
道端でまぁまぁの量の血糊撒き散らしてるけど大丈夫…?

自主制作感モリモリ、アングラ感バシバシでとてもとても縁起良い

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