平野レミゼラブル

フィールズ・グッド・マンの平野レミゼラブルのレビュー・感想・評価

フィールズ・グッド・マン(2020年製作の映画)
4.2
【Welcome to Underground. この悪意に満ち溢れたイカれた世界へようこそ…】
いきなり映画からかけ離れたところから入って恐縮ですが、私は『アイドルマスター シンデレラガールズ』というゲームをずっとやっていまして、このゲームのプレイヤーってのは担当アイドルをプロデュースするP(プロデューサー)と呼ばれるんですね。で、このゲームでは年に1回総選挙というものをやっていまして、簡単に言ってしまえばユーザー間でのアイドル人気投票です。
ただし、総選挙で上位に入賞したアイドルには声がついたり、新たに楽曲が貰えたり、ゲーム内での活躍の場も広がるという特典があります。となると、P達は何が何でも担当アイドルを上位に入れなければならない。そのため、日々担当の魅力をアピールしまくって、票を集めようと画策するわけです。
いかにしてアイドルを有名にするか、どうすればアイドルの紹介をバズらせることができるか、選挙が近付くにつれてプロデュース活動も盛んになるのですが、今年はじめに輿水幸子という一人のアイドルが世界一の大富豪イーロン・マスクの公式Twitterで取り上げられてP達を驚かせました。

(参考:【HUFFPOST】『輿水幸子の画像、イーロン・マスクさんの公式Twitterが掲載。アイマスのキャラクター』の記事)
https://www.huffingtonpost.jp/entry/elonmusk_jp_5ffe6ebbc5b63642b7003280

もはやこれはTwitterでバズるどころの騒ぎではありません。「イーロンもデレマスを知ってるのか!?」、「世界最強の幸子Pの誕生」といった驚きの声から「悪の幸子Pがイーロンのアカウントを乗っ取ったんじゃないのか!?」などの憶測まで飛び交い、その日のトレンドはおろかテレビのニュースでも取り上げられる程の大騒ぎに。ここまで盛り上がった以上、今年の選挙でも何かしらの影響は及ぼされるでしょうね…世界レベルって凄いなァ……

んで、じゃあイーロン・マスクは本当にデレマスをやっていて、輿水幸子を担当するPなのかっていうと、そこは怪しいところでして。というのも、このイーロンがTwitterに貼った幸子のgifってのが、海外のアニメ掲示板である「4chan」で作られて広まった画像の転載なんですね。
イーロンは「Hey you ...Yeah you Queen ...You're gonna make it!(君は女王だ、やれるよ!)」と呟いており、一見幸子を応援しているようにも見えますが、この発言は画像で幸子が発している「HEY YOU, YEAH YOU KING. YOU’RE GONNA MAKE IT.(あなたは王様です!やれますよ!)」のもじりなワケでして。イーロンが幸子のことを深く理解していてその上で応援をしていると解釈するよりは、適当に目についた画像を貼ってツイートしただけの可能性の方が高そうです(ただし、イーロンがオタクであることは事実であるため、本当に知っている可能性も否めない)。

(参考:【ニコニコ大百科】『イーロン・マスクP』の記事、「考察」の項を特に参照)
https://dic.nicovideo.jp/a/%E3%82%A4%E3%83%BC%E3%83%AD%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%82%B9%E3%82%AFp

このように、キャラクターがネットの掲示板等で消費されていくうちに、本来と微妙に違う意味合いや来歴を付与されて広まっていくことを「ネットミーム化」と言います。幸子は「4chan」では2017~2018年頃にはトップページのアイコンとして使われていたらしく、海外では「何のキャラかは知らんけど、掲示板でよく見かける子」というミームとして知名度はあったわけですね。
下記記事を参考にすると、デレマスの他のアイドルでは森久保乃々は海外で「ターミネーターに追われている子(Anime Girl Hiding From a Terminator)」のミームで知られているようですし、私の担当アイドルである川島瑞樹はデレマス黎明期にそのまま「川島コラ」というネットミームで有名となって現在声付き、CD持ち、イベント引っ張りだこな地位を確立しています。あっ、この感想見た人は川島瑞樹に投票をお願いしますね!!

(参考:【J-CAST】『イーロン・マスク氏「輿水幸子」ツイートの背景 海外で進むアイマスキャラの「ミーム化」』の記事、「デレマスキャラの「ミーム化」進む?」の項を特に参照)
https://www.j-cast.com/2021/01/14402934.html?p=all

(参考:【ピクシブ百科事典】『川島瑞樹』、彼女のネットミームの詳細とその結果は「川島コラ」と「総選挙」の項を参照。あと川島さんは凄く可愛いアイドルなのでよろしくね)
https://dic.pixiv.net/a/%E5%B7%9D%E5%B3%B6%E7%91%9E%E6%A8%B9


とまあ、ここまで紹介したのは総選挙に一波乱はあることは予想されるものの、笑い話として流せる超絶平和なネットミームの広まり方。その一方で、地獄としか言えないネットミームと化してしまったキャラクターもいまして、それが本作で描かれるカエルのペペ。
いつにも増して前置きがクソ長くなりましたが、この『フィールズ・グッド・マン』はそんなネットミームにまつわる世にも恐ろしい実話を映したドキュメンタリー映画となっています。


カエルのペペは、マット・フューリーという漫画家の作品『ボーイズ・クラブ』に登場するカエルの擬人化キャラクター。この『ボーイズ・クラブ』という漫画はマットを含めたヲタク仲間4人をそれぞれ別のいきものに擬人化させて描写したような半自伝的漫画らしく、内容も若者たちの自堕落ながらもどこか気楽な日常をゆるゆると映した作品として愛されていました。
メンバーの中でペペは末っ子的な扱いで、マットを知る者は皆マットの自己投影キャラだと指摘。マット本人も幼少期から好んでカエルを描いていたこともあって、その指摘は正しそうです。ドキュメンタリーを観る限りでも、マットはどこか楽観的で穏やかな人柄であることは窺えて、その人格がそのまま仲間内や読者にも愛されていたと思うとほっこりします。
兎にも角にも、この時点でのペペは、トイレでズボンを全部脱いで小便をしながら「気持ちいいぜ(Feels Good Man)」なんて宣う陽気で愉快なカエルに過ぎなかったのです。

しかし、この「気持ちいいぜ(Feels Good Man)」という何気ない台詞が予期せぬ事態にまで転び始める。このスラングが突如、ボディビルダー界隈で流行り出し、そこから徐々に海外版2ちゃんねるである「4chan」でも元画像と共に使用されるようになったのです。
ネットスラングってのはなんだってそうですが、よくわからんところで突如流行り出し、そのまま作者の手を離れてその他大勢に拡散されていきます。さらにそこにスラングを弄って改変していく「大喜利文化」も混ざることで、派生作品なども雪だるま式に増えていく。このようにしてミームは大勢に認知されて成長していきます。

本作はそのネットミームの成り立ちというものを非常に丁寧に描いていまして、その流れを追ってどのような層に、どのようにして受け入れられていったかまで詳しく分析して説明してくれるのが興味深いです。
源流までちゃんと追いかけた上で、ガチガチに固まった根拠も示してくれるので、割と真面目に学術的教材としての価値があると思う。むしろ、よくぞネットの大海原からここまで説明に合致する画像や書き込み、インスタ動画等々をサルベージ出来たなって執念すら感じます。ネットでの調査のみならず、当時の4ちゃんねらーまで見つけ出し、ナマの声の取材まで試みているため、ネット内外からの論の補強もバッチリ。
「いかにして流行ったか?」と、「どこから本来の流行と大きくかけ離れたか?」がわかりやすく示される楽しさってのは、謎が解けていくカタルシスと、知的好奇心を満たす満足感によるもの。随所でカエルのペペ達がぬるぬる動き回るアニメーションなどが組み込まれる軽みも相俟って、中々笑える流れになっていました。ここまでは。

しかしネットミームとして広まったペペは徐々にネットのアングラ部分に触れて黒く染り、独り歩きを始めてしまう。
ネットのアングラ部分ってのはまあ突き詰めれば、社会性のないヲタクが社会に対する不満を攻撃性に変えて、不謹慎さを面白さと勘違いし武器にしてぶつける幼稚なものです。書いていて物凄く居た堪れなくなり、なんか凄く否定したくなったが、否定できる部分が何もねェ……
4ちゃんねらーの仲間意識による「象徴」と化したペペは次第にリア充に対して牙を剥く、凶悪な側面を付与されることになります。さらにそこにアメリカ特有のハイスクールでの銃撃事件を絡めた不謹慎なコラ画像が作成されて悪辣さは加速。
ここまで来ると、ペペは「何だか知らないけど過激で極悪なことをしまくるカエル」という印象が強くなってしまい、あらゆる悪意をペペに付与しても構わないという認識が生まれることになる。逆張り文化や、不平不満を立場が下の人に向ける悪意までもがペペというミームの中に組み込まれていきます。

そして、そんな折にやってきたのがトランプの大統領選挙出馬。
不平不満が溜まりまくっている世の中に表れたトランプは、逆張り上等かつ不平不満を立場が下の人へとぶつける政策を次々と提示。それはちょうど、悪意の受け皿となったペペと重なることになります。
よって、トランプ支持者の最右翼オルタナライトの面々が次々とアイコンとしてペペを採用。大統領選の盛り上がりに合わせる形で、ミーム上のペペはヘイトスピーチや過激な行動を繰り返し、止まらなくなっていってしまいます。

この作者の手を完全に離れて、見る見るペペが悪意の代弁者にして差別の象徴へと悪化してしまう流れが胸糞すぎる。
マットも強い危機感を持ち、心優しいカエルのペペを取り戻すための芸術活動を呼びかけ、それに応える人達も集まります。しかし、総数としては悪意の方が圧倒的に多く、皆に描いてもらった平和なペペすら新しいコラ素材として消費され、悪意が余計に強まってしまうのがどうしようもない。
創作者の端くれとして、自分のキャラが勝手に悪に仕立てられていくマットの気持ちを想像すると胸が張り裂けそうになります……最終的に心を痛めたマットは、作品内でペペを死なせてしまいますが、それでも悪意は止まることはなかったのです。

作中で誰かが「マットはネットの悪意に対して鈍感すぎた」と言ってはいたけど、流石にこんな理不尽な悪意に発展するなんて予測できるわけないし、そもそもマットに何ら一切の罪はない。
マットやペペが直面したのは謂れなき誹謗中傷であり、尊厳の凌辱であり、魂の殺人なのです。たかがキャラクターなんて言える筈はない。マットは大勢の悪意によって我が子を、そして自分をも殺されてしまった。


ネットミームの恐ろしさというのは、それが発生することも、拡散されていく流れも、決して食い止めることが出来ないところにあります。
このドキュメンタリーでは発生に関しては突き止めてはいるものの、それも長い時間をかけた上に、結果から逆に辿ったからこそ出来たこと。悪意が何かしらの形で世に出なければ、当の作者自身もそこに気付くことができないというのが恐ろしい。
そして、ミームの拡散が始まってしまって以降は食い止めることは絶対に不可能というのは、劇中で成される様々な角度からの検証でも明らか。世界中に広まったネットミームは、世界中の悪意の数だけ倍増してしまう。そんな億を遥かに超える悪意を一つ残さず潰すなんてことは、砂漠の中から米粒を見つけるに等しいことなのです。

では、こうした悪意のミームにマットはどのように立ち向かえば良いのか?
あまりに苦しい場面が続きましたが、映画では一つの希望も見せてくれたことに少し安心しました。悪意のミームに対する、善意のミームと言うべき希望の成り立ちに関しては、時間がなかった(というより、善意のミームが広まったのが本当に直近すぎる)ため深堀りは出来ていなかったのが惜しいところです。
でも、裏を返せばそれはこっちを題材にしてもう1本映画撮れるってことですよね?ペペの名誉回復を推進する為にも、是非とも続編は作ってもらいたいところ。
…と、こんな形で色々と観ていて辛くなる部分も多々ありますが、ネットミームと悪意の湧き上がり方についてよくわかる良作ドキュメンタリーでしたヨ。


一方、突然ぶっ込まれた仮想ペペ通貨のくだりに関しては、世界が違いすぎて全くわからなかったです……
いや本当にあのくだり、突然ランボルギーニに乗った仮想ペペ長者が現れて、ぬるっと始まってぬるっと終わっていたので、製作側もよくわかってなかったんじゃないかな……なんだよ3億以上の価値がある激レアぺぺカードって……

(参考:【九州男児の仮想通貨】『ペペキャッシュって何?海外版モナコインの将来性を考察してみる』)
https://www.kyuyama.jp/kyushuyamaguchi/ky_yamaguchi_04.html

うーん、本来は流動的で価値がないネットミームに、アートとしての価値を付与するために仮想通貨に仕立てたって感じなのかな……んにゃぴ……よくわかんなかったです。

全体的にわかりやすいとは言ったものの、突如こういうよくわからない情報も置いていくのは結構謎でしたね。折角取材したから…で箸休めとしてお出ししたんだろうけど、箸置きの形が独特すぎてそっちが印象に残りすぎちゃうんだよなァ……
あとドキュメンタリー内容ともはや全く関係ない最大の謎は、奥さんと娘がいるマットの家で同居する謎の男の存在だよ。まるで座敷童のような当然さで、赤の他人の家庭に居ついている神経がわからなすぎるし、マット夫妻は寛容すぎる……

逆に、映画を観る前に特大のトンチキ要素だろうな…と思っていた本作の証言者の一人であるオカルティストの爺さんが、ネットミームに対して至極真っ当な見解を持ち、魔術を絡めながらもわかりやすく納得のいく分析をする真人間だったのはビックリしました。登場時に手を使わず、魔術を使って本を手元に寄せるアクションを起こした人とは思えない。
むしろ、本作最大のトンチキ野郎は、根拠もなければ教養もないヘイトスピーチしか喚いていないトランプ信者の陰謀論者どもでした。君たちは、このオカルティストの人に遥かに劣る言動をしていることを少しは省みて!!


とまあ、アメリカじゃ大変なことになってんなと思うかもしれませんが、実は日本においても対岸の火事ってわけではない。日本においても、こうしたネットミームと化して好き勝手にキャラを付与されるってパターンはたくさんあるのです。
特に有名なのは「チャリで来た。」ですね。こちらのミームの元になった人は、ミーム派生のコラ画像を楽しむくらい度量の広い人ではありましたが、やはり「このプリクラを撮った後に犯罪を犯したらしい」という根も葉もないミームを勝手に付与されたりの被害で苦しめられもしたそうです。

(参考:【マイナビウーマン】『チャリで来た彼が行き着いた先。日本一有名なプリクラに写った男の逆転劇』)
https://woman.mynavi.jp/article/200430-4/

映画内に限っても「4chan」のトップ画面に『進撃の巨人』のエレンが映っていたり、ペペのコラ画像の一つに日本語で「つづく」と書かれたものがあったりと、日本産のものが海外でいつミーム化してヒットするのかはわからない状況になっています。
となると、冒頭で例に挙げたデレマスのアイドル達も一気に危うくなってくるわけで……例えば幸子のミームを取り上げたのがイーロン・マスクではなくて例のオルタナライトだったら?そうなると、幸子は選挙1位どころかヘイトシンボルに登録されてしまっていたかもしれないのです……

こうしたミームの流れを追うこと自体はとても興味深く、ルーツに行き当たった時の一種の感慨深さってのも面白いものです。実際、カエルのペペの1コマがどんな風に拡散されていったかを眺めるのは純粋に面白いと言い切れるものでした。
僕も基本的にこういうアングラ気質なネットの混沌を楽しんでしまう性質なんでね、ネットミームがいかに形成されていったのかという流れってのはちょっとした知的好奇心を満たしてくれるのですよ。

ただ、そのネットミーム形成の荒波からちょっとでも振り落とされた先に待っているのは、悪意に満ち溢れた地獄です。
那由多の数にも及ぶ人々の悪意を受けたその瞬間、笑えるミームはちっとも笑えない残虐なものへと様変わりしてしまう。正直なところ、映画を観た率直な感想としても、現実的な意見としても、この悪意を取り除くことはまず不可能です。ネットミームというのは自然界の生態と同じもので、その中でも憎悪に塗れたミームというのは強さも繁殖力も桁違いの生物だからです。
その為、まず私たちに出来ることは、そんな危ういところで綱渡りをしているという自覚を持つことでして、その上でせめて憎しみに囚われない「気持ちいい(Feels Good Man)」流れだけを楽しんでいくってのが大事なんじゃないでしょうか。

オススメ!!