平野レミゼラブル

映画クレヨンしんちゃん 謎メキ!花の天カス学園の平野レミゼラブルのレビュー・感想・評価

4.0
【さよならだけが青春だ。】
久々のクレしん映画。あまりクレしん映画は食指が動かなかったんですが、今年はいつも以上に評判が上々なんで観に行きました。これまでは『オトナ帝国』とか『アッパレ!戦国大合戦』とかの昔の名作しか観ていなかったため、おそらくこれが自分の初劇場観賞しんちゃんになりますかね。
そして、その評判に違わぬ出来の良さに驚嘆。まさかクレしんで、僕が好きな青春映画に求めている煌めきを全てお出ししてくるとは思わなんだ。

全然クレしん映画を観ていない自分でも、ある点で本作が異色作だということは察することができます。
今回、しんちゃん達かすかべ防衛隊は全寮制の超エリート校「私立天下統一カスカベ学園」(天カス学園)に1週間の体験入学するということで、「永遠の5歳児」である筈のしんちゃんの「その後」である小学校時代を疑似的に描写しているワケですね。
全寮制であるため、ひろしとみさえは物語冒頭でひとまずお別れ。一応、幕間やラストでも登場しますが、今回の物語では終始蚊帳の外で、これまでのように野原一家として物語に影響を及ぼすことはありません。ただ、そのわずかな出番で「1週間分のお別れのハグ」といった描写を挟んで、しっかりとした保護者像としてグッとさせてくれるのが流石。
そして、なにより「幼稚園児」であるしんちゃんを「小学生」へと進めたことで、否応にも“これから”を想起させるのですが、そうなると必ず訪れるのがお受験組である風間くんとの「お別れ」……だからこそ、本作では防衛隊の中でも風間くんをメインに据え、そしてしんちゃんとの友情をピックアップして描いているのです。

今回の体験入学を薦めたのは他ならぬ風間くんでして、彼は人一倍エリート意識が強い子供としてこれまでも、本作においても描かれていました。そのため、幼稚園が終わった後の進路はお受験であり、しんちゃんたち他の防衛隊とは別の私立小学校に行くことは明言されている。
本作においても、みさえが風間くんのママとスーパーで雑談する中で「一緒に遊べるのは今だけ」と言うように、やはりクレしん世界においては絶対に訪れることがない筈の「お別れ」をあちこちで示唆していきます。

そして、天カス学園はというと、徹底したAI管理による無駄を廃した極めて合理的なエリート育成カリキュラムが導入されています。成績やスポーツ・文化活動、生活態度によってエリートポイントが加算されて、その高低差で食事や教室などの待遇も変わるという完全な階級制。
1週間の体験入学のため、しんちゃん達にはあまり関係のない制度なのですが、ここでポイントを稼いで奨学生として入学しようとする風間くんにとっては死活問題。その意識のズレが次第に風間くんを追い詰め、そしてしんちゃんと仲違いをする決定的な原因となってしまいます。

この2人が喧嘩することはいつものことなので「喧嘩するほど仲が良い」の一言で済むのですが、「お別れ」をフィーチャーしている本作では、やはり不安になってしまう。まして、風間くんはしんちゃんと喧嘩した直後に、学園に潜む吸ケツ鬼によっておバカにされてしまい、仲直りする機会すら奪われてしまいますからね。
このまま2人はすれ違ったまま「お別れ」してしまうのか、例えこの事件が解決したとしても「お別れ」は絶対に避けられないがどう結論付けるのか。
この部分をエリートである筈の風間くんが何故、おバカのしんちゃんと常に張り合って仲良くしているのか?という真意を絡めて、一つの解答を出してくれたことに物凄く感動してしまいました。

確かにしんちゃんと風間くんが歩む道は別々かもしれない。
それぞれ正反対の方向で成長していくから別れは避けられないかもしれない。
それでもしんちゃんは、決して風間くんと「さよなら」をしたまま終わるワケがない。
カスカベ探偵団を結成して、謎を解き、風間くんをおバカから元に戻そうとしたように、絶対にしんちゃんは何かと理由をつけて風間くんに会いに行くし、風間くんもそれを自然と受け入れてくれる。この先、どれだけ「お別れ」をしたところで、2人の友情は不滅だと示したことが本作の何よりの意義であったと思います。

思えば久々にクレしん映画を観るにあたって、自分も色々な人と「お別れ」しているのだなァというのは感じたり。
原作者の臼井義人先生は逝去され、ひろし役の藤原啓治さんもお亡くなりになって森川智之さんにバトンタッチしており、しんちゃんも矢島晶子さんから小林由美子さんへと代替わりしている。
あまりに寂しい「お別れ」の数々ではありましたが、それでも『クレヨンしんちゃん』という作品の素晴らしさは全く変わらない。長らく観なかった間に確かに変わってしまったものがあっても、本質が変わっていないのであれば、それは「永遠」なのです。


メインは風間くんではありましたが、他の防衛隊員にもしっかり出番と役割が割り振られていて、それぞれ見せ場があるバランスも凄く楽しかったですね。
加えて、それぞれの隊員が捜査対象として張り込むことになる映画オリジナルキャラ達も、個性豊かかつそれぞれ学園や自らの青春に思うところを秘めていることもあって見所が盛りだくさん。掛け合いも軽妙だし、随所で仕込まれるギャグもしっかり笑えるので上映が終わるころには皆のことを好きになってしまいます。
これは、本作がミステリーとして進むことも関連していて、要は全員が容疑者でもあるので、全員均等に背景を掘り下げる必要があったということなんですね。だからこそ、人物紹介もその後の深堀りも至極自然で巧く進行させることが出来たのです。

そうそう、予告やタイトルでも散々告知されていた、その「謎(ミステリー)」部分ね。正直、このミステリ要素、添え物程度で大したことないだろうと高を括っていたんですが、思いのほか本格ミステリを直球で仕掛けてきたんで参りました……
ちゃんと証拠は物語中に全て提示されており、それを見つけてしっかり推理すればおのずと犯人特定は出来るといった塩梅に、エラリー・クイーン的な「視聴者への挑戦状」が極めてフェアに展開されていたんですよ。

いやね、流石にしんちゃんが最初の方に突き付けていく証拠に関しては、かなりギャグ混じりでして「わかるワケねーだろ!!」とは思っちゃうんですよ。特に散々引っ張ってきた「アレ」とかの真相は確かに面白いけど、「流石にこれで推理してみろってのは無茶だよ」って鼻で笑っちゃったんですね。
が、その後のタイミングで「えっこれ気付かなかったんですか???」って感じに、いくらでも気付けた筈の決定的証拠をお出しされてしまったのでグウの音も出なくなってしまった……ウワッ……やられた……確かにこれ一つで犯人が特定できるわ……滅茶苦茶しっかりしてるわ……
数多くのアンフェアな証拠品の中に、文句なしにフェアな証拠を隠していたワケで、これはおバカのミスディレクションですね……マジでこれ気付けなかったの悔しかったからな……

普通にしっかりしていたミステリ部分の謎解きパートも束の間、物語はそこからさらに発展を見せていくのも熱い。
終盤はこれまで出てきた個性豊かな学園の面々が一同に会して、かすかべ防衛隊一行に協力していくという『うしおととら』を思わせる総力戦となっていて、これが滅茶苦茶に熱い。この際にその面々が語る「青春とは」の宣言も、それぞれ多種多様でして、決して「良いこと」だけではなく『孤独』や『後悔』といった「悪いこと」も含めて全肯定してくれるっていうのが嬉しいです。
これは「効率こそが一番」という学園の在り方への反逆であり、「無駄なこと」、「理解できないこと」、「今思い返すと意味がなかったこと」、「やっておけば良かったこと」といった非効率をもひっくるめて愛する人間賛歌の在り方なのです。これら全てをひっくるめて「青春」に集約したのがとても熱く、そして爽やかな結論でした。

そしてさらに熱いのが、結論が出たと思った“さらにその後”。ここから『スクライド』ばりの本当の最終決戦が起こり勝敗までキッチリ決めちゃうんですから灼熱(アツ)いんですよ…!!
最後の最後まで、映画のあらゆる部分に「青春」の煌めきと寂しさと熱さと安心が溢れており、それぞれの青春論にもグッと来てしまう。そして、周囲からは何でか引かれ気味だったけれども「青春とは今!!」と断言できるひろしのように、俺はなりたい。

オススメ!!