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ボーはおそれているのumisodachiのネタバレレビュー・内容・結末

ボーはおそれている(2023年製作の映画)
4.3

このレビューはネタバレを含みます



アリ・アスター監督の最新作。



常に不安に苛まれている中年男性ボーは、帰省を目前に思わぬトラブルに見舞われる。帰省ができないと知ると、電話の向こうの母親は明らかに激怒していたが、その直後に母親が怪死したことを知る。なんとか帰らなければならないボーだったが……。

全編ボーの悪夢で構成されていて、リアリティラインはよくわからない。というか、リアリティラインを追及することに何の意味もないような作品。ボーは精神的な病を抱えていて、いわゆる「普通の」生活からは排除されている存在だ。冒頭に出てくる北斗の拳やシンシティもビックリなヤバいスラムの描写はとても面白いが、あれがボーにとっての世界だということなのだろう。

【以下、ネタバレあり】









物乞いが猛スピードで追いかけてきて、家じゅうを浮浪者に荒らされ、全裸の老人に意味もなく刺される世界。家の中に何の脈絡もなく男がいたり、極めて危険な毒蜘蛛が徘徊していたり、騒音被害の濡れ衣を着せられたりする。私の目からは異常な光景だが、ボーにとっては外の世界で生きること自体がああいう感じなのだろう。

自分が生まれたシーンから始まる異様な冒頭からもわかるように、本作を支配しているのは母親という存在だ。羊水の中から危険な外界に出てきたボーは、とにかく水に固執する。薬を飲むための水、バスタブに張った水……強烈な不安に陥った時に逃げ込む先にあるのが水。そうやって母親を強烈に求めるボーは、同時に母親を強烈に憎んでもいる。

性的な行為や衝動を否定し、父親の死という物語を利用してボーに呪いをかけた母親。家族というものを追い求めていくボーのその後の悪夢はとても悲しい(が、面白い)。ドゥニ・メノーシェがドギツイ役で出ていて笑った。ちょっと仕事選んで!笑 絶対に信用できない雰囲気のネイサン・レインも生き生きとしていて良かった。ちなみに、この二人が出てくる豪邸パートが一番好き。事故に合わせた人を自宅に持ち帰るっていうのがイカれてて好きだし、パソコンにゲロ吐くのも好きだし、娘がとんでもないのも好きだし、ドゥニ・メノーシェの全速力も好きだし、全体的に闇がものすごく濃いのに色彩がポップで好きだし、結局のところわけがわかんないまま終わったのも好き!

亡くした息子に執着する狂気から崩壊していく家族の後は、ボーが理想としていた家族の物語(劇中劇)へ。ぶっちゃけ劇中劇は長すぎたと思うので削るならばあそこだなという感じがしたが、『オオカミの家』の監督たちとコラボしたというその完成度はとても高かった。ちなみに、この時点ではずっとパジャマを着ているので、「これはボーの内的世界です」(おそらく本人は死んでいるか入院している)というけっこうわかりやすい暗示になっているなとは思った。

性的なものを徹底的に禁止されたことによる、ボーの中での恋愛やセックスに対する憧れ。ユダヤ教の戒律を想起せざるを得ないこのテーマの強調は、ボーの初めてのセックスによってクライマックスを迎える。厳格なユダヤ教においてはセックスによる快楽を得ることは悪だと考えられているはずだが、ボーがその快楽を味わったとき、相手が死ぬという唐突な罰が下る(笑った)。

その後の母親との対峙からのラストシークエンスはとても分かりやすかった。愛情への見返りを求める利己的な母親との愛増のぶつかり合い。アリ・アスターは母親や家族という存在に対して、どれだけの屈折した感情を持っているんだろうなあ。無償の愛なんて信じないという諦念なのかなあ。なにせ、母親を乗り越えたと見せかけて、ボーにすべてを諦めさせるんだもの。結局のところ水(羊水)に帰って行って、母親からは決して逃れられない、いや逃れないという選択をさせるんだもの。

でも、きっとこの映画を観て救われる人は多いと思う。特に、ボーと同じように世界を感じている人々にとっては。こういう風に世界を感じること、こういう風に母親との関係を捉えている人たち(端的に毒親に育てられた人というのは乱暴かな)にとっては、自分はひとりではないと感じられる作品なのではないだろうか。「乗り越えろ」「がんばれ」っていう映画ばかりの中で、「仕方ないよね」「がんばれないよね」とも受け取れるボーの結末に、もしかしたら安心感を覚える人もいるかもしれない。でまあ、私の目にはすこぶる意地悪な映画だなと映ったけどね。

受け付けない人にとっては、ものすごく不快な作品だと思うが、特に答えがない悪夢の連続のような映画を好む人ならば楽しめるはず。3時間悪夢が続くのでなかなか体力を使うけれど、1度トライしてみては?
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