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ふるさとのMOCOのレビュー・感想・評価

ふるさと(1983年製作の映画)
5.0
「坊そんなに走るな、お前になんぞあったらなんにもならん」

 名優と言われる方の、それもあまり知られていないような映画を観たいと思ってピックアップしたのですが、1983年のこの映画は加藤嘉さん主演の痴呆老人の映画でした。
 テーマがテーマだけに最後まで観れるか心配しながら観始めたものの、結局名優加藤嘉さん長門裕之さん樫山文枝さんの演技につられ最後まではあっという間でした。

 岐阜県の徳山ダムの建設で水没していく村のある一家のささやかなお話。

 老人性痴呆症で、奥さんが亡くなっていることも、息子の伝六(長門裕之)や息子の嫁の花(樫山文枝)のことも解らなくなってしまった伝三(加藤嘉)は、隣家の小学生千太郎にアマゴ釣りを教えることがきっかけで痴呆の症状がなくなるのですが夏休みの終わりに長雨が続き釣りに行けなくなり、痴呆の症状が以前にも増してひどくなります。プレハブの離れに隔離され大暴れする伝三に、千太郎は以前約束していた秘境の長者ヶ淵にあまご釣りに行こうと誘います。

 山道・川中を2時間かけ長者ヶ淵にたどり着いた二人は、毛鉤釣りを始めるのですが伝三は突然胸が苦しくなり倒れ、千太郎に気をつけて村に帰り誰かを連れてくるように話します。
 
 2時間かけて二人で来た道を一人駆け戻る千太郎を思う伝三の心の声が聞こえます。「坊そんなに走るな、お前になんぞ(何か)あったらなんにもならん」

 淵に駆けつけた家族達と村に戻る途中、伝六に背負われ村が見えるところまでやって来た伝三は村を見て息を引き取ります。

 冬が近くなったとき一家を含めた村の人達は水没するふるさとに別れを惜しみながら村を離れていきます。

 前田吟さん樹木希林さんが脇を固め篠田三郎さん岡田奈々さんが回想シーンの伝三夫婦を演じ、市原悦子さんがナレーションで参加されています。

 加藤嘉さんの痴呆の演技は、老人と暮らした方には解る素晴らしい演技です。加藤嘉さんはおそらく主演作品は少ないと思うのですがこの映画で
日本アカデミー賞優秀主演男優賞
モスクワ国際映画祭最優秀主演男優賞
毎日映画コンクール演技特別賞
(『ふるさと』の名演と過去の功績に対して)
を受賞されています。

 中国や韓国の田舎をテーマにした静かな映画を観る度に、「商業ペースを考えない、こんな美しい映画はもう日本では創れないだろう」と思うのですがここに1本存在していました。
 朝霧の中の河辺の森や清流の沢、水墨画のような美しい山々の風景に加えて、夕陽をバックにした伝三と千太郎や、長者ヶ淵へ向かう伝三と千太郎の姿は加藤嘉さんの名演「砂の器」の放浪の旅のシーンの様にも映りました。

 愛知県に住む私には岐阜のイントネーションには違和感がなく、むしろ加藤嘉さんの喋りや仕草はところどころ父親に重なり、しんみり観させて戴きました。
 加藤嘉さんに感謝しながら・・・。
 
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