こうん

コンパートメントNo.6のこうんのレビュー・感想・評価

コンパートメントNo.6(2021年製作の映画)
4.2
もうとっくにロードショー終わっている映画だけど、知り合いが「超好き」って言っていて2回目でも足らずに3回目観に行く(上映終わっちゃった早稲田松竹のあと、6月に目黒シネマでかかるみたい)と息巻いているので「そんなにか!」と思って観に行ってきました。なんとなく見逃していたのでいつも助かります早稲田松竹様。
ポスタービジュアルの感じからシリアスで抒情あふれるなにか、を想像していたら微妙に違う映画で、それも含めて面白かったですね。
ロシアが舞台だから勝手にシリアスを想像していたと思うんですけど、舞台となるのはペレストロイカ直後と思われる(90年代前半)元ソ連っていう感じのロシア。
たぶんそういう社会基盤の大変化というのがドラマの基にはあるんでしょうけど、ポリティカル要素は全部後ろに隠して、人生に足掻いている男女の刹那の出会いと別れが描かれておりましたね。
カウリスマキ的登場人物による「ビフォア・サンライズ」という感じですかね。
あんまり人生が上手くいっていない感じの女性(自己肯定感低そう)がペトログリフ見たいっちゅう一人旅に、寝台列車が同室となったこれまた人生が上手くいっていない感じの男性(こっちは世間知という意味で頭悪そう)が呉越同舟するほんのりLOVE込みの人生の交差点的なドラマでしたね。
そのふたりのキャラクターと演じている俳優さんの一致ぶりが素敵で、最初は観客もあんまりこのふたりに魅力を感じられないような、そういう導入部からの、ふたりが徐々に摩擦を起こしながら近づいていくにつれてその人となりが様々に見えてきて好きになっていく、そういう作劇が良かったし、手持ちを多用したキャメラワークでよりリアリズムを獲得しつつ、寝台のコンパートメントの中の距離感や立ったり座ったり上がったり下りたりのアクションと共にふたりの表情や動作が様々に切り取られていて、そこも映画の語り口として良かったなと思います。
90年代のロシア、ということもあるんだろうけど、効率とかスピードとか経済的でないところにある寝台列車のちんたらした運行も、動いたり止まったりの人生そのもののようで、そこで蠢くさまざまな人々の点描も含めて、なんかナマの他人の人生をちょっとイイ感じで覗いたような心持ちになったりしましたね。
NHKのタクシーとかピアノとか、市井の人々の息吹を切り取ったドキュメンタリーのようでした。「ピアノ」シリーズは好きなんです。
それにしてもリョーハがよかったなぁ…粗暴で雑なんだけど、世間とうまく立ち回れない幼さや智慧のなさがあって、頑張ってるんだけどまだ人生が始まっていない感じの肉体労働者、という風情が素晴らしくって、ラウラが手慰みに描いた寝顔の絵をもらった時のあの複雑な表情!あそこでちょっとリョーハという人間が全部分かった気になって、ちょっと泣きました。いいシークエンスでしたね。
飛び抜けてよく出来たという映画というよりも、体温のある愛らしい一遍、という感じの小品ではないでしょうか。
あとわたしがもともと北国の人間だから、くたびれた感じの北への道行き映画はいつも大好物です。
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