horahuki

LAMB/ラムのhorahukiのレビュー・感想・評価

LAMB/ラム(2021年製作の映画)
4.0
癒しとエゴイズムの表裏一体

A24配給。そしてカンヌ「ある視点部門」受賞で話題沸騰中のホラーな御伽噺。アイスランドの山奥。人里離れた農場で暮らす羊飼いの夫婦が子どもを育てるお話。でもその子は普通ではなく、夫婦の飼っている羊から産まれ、半分人間で半分羊の体を持つ奇妙な存在。夫婦は我が子のように愛情を注ぐが…。

セリフが異様に少なく、登場人物も基本的には3人のみ。山に囲まれた広大で荒涼とした自然が夫婦を取り囲み、どこに居ても見つかるほど開かれた空間でありながら、牢獄のような閉塞的な雰囲気を同時に醸し出している。監督はタルベーラのお弟子さんらしく、風景を切り取る映像やトラッキングに面影を感じた。世間的にはフォークホラーとして語られており、リアリズムの中に囲まれた異物の存在が際立つ『ボーダー』のような雰囲気はあれど、監督的にはホラーのつもりはないみたい😂

夫婦の背景事情にもほとんど踏み込まず、表情によるリアクション等々により2人の内面や関係性を推測していくしかない。互いのことを思いながらも過去に抱えた何かを匂わす「違和感」を積み上げ、寒色での2人の食卓、タイムマシーンの会話による2人の反応の違いから妻側が過去に起因する心的牢獄に閉じ込められていることがわかる。そして最もそれが顕著に現れるのが、奇妙な子が産まれた時の2人の表情の違いで、ここで夫が妻の心的治療になるのであれば自己を殺してでも異物を受け入れる存在であることがわかる。

つまり本作は妻側の『Starfish』のような喪失を起点とする、癒しに向けた精神的寓話が主軸となっている。更には喪失からの癒しへ向かう道中において、内省的な展開に終始するのではなく、他者との関係性において誰かを蹴落としてでも癒しにしがみつく強烈なエゴイズムを発揮する。夫婦間に営みが生まれ始めたり、楽しげなゲームに興じたりとエゴイズムを伴いつつの癒しの進行度合いが都度都度提示され、妻の心的欲求が呼び寄せたのであろう人物(過去への渇望)も飲み込まれる寸前に自身で解き放つ。それを踏まえてのラストは非常に印象的。一義的なわかりやすさを放棄し、混沌とした内面の中に生まれた自身でも戸惑うような心的反応としての朧げな着地。あのラストにしたのはすんごいセンスだと思う!

クリスマスに懐妊したり、妻の名前がマリア(ある意味では処女懐胎?)だったり、羊飼いだったり、ゾベル『死の谷間』を連想する展開だったりと宗教モチーフも多用されているので、そっち方面の解釈も面白そうな気がする。『死の谷間』展開からしてザカリアとヨセフあたりは意識されてそうな気はした。子ども一切喋らなかったし。あとは自然との関係性という点で『白いトナカイ』も頭によぎった。アレも主人公の女性の精神と文化的(自然的)価値観のお話だったし。

好き嫌い割れそうな内容だと思うけれど、良い作品だと思った。前半に比べると後半が少しパワーが衰えちゃったような気はしたけれど、見ていて全く飽きなかった!
horahuki

horahuki