むぅ

LAMB/ラムのむぅのレビュー・感想・評価

LAMB/ラム(2021年製作の映画)
4.2
3年振り2回目である。

箱根駅伝の話ではない。
基本的に空気は読める方だと思う。だが「え?空気って吸うものですよね?」と敢えて読まない事もある。そして時折、読むわけにも吸うわけにもいかず、空気になるしかないシチュエーションに出会う。
「最近面白い映画あった?」
私が映画好きだと知っている方からの質問。
言えないよ、グルメなあなたが「今夜はラムしゃぶなんだ」とウキウキしながら言った後に『LAMB/ラム』が面白かったなんて。


舞台はアイスランド。
ある日、羊飼いの夫婦は羊の出産で、羊ではない"何か"の誕生に立ち会う。アダと名付け、2人は大切に育て始めるのだが。


食べる気満々じゃないか。
タイトルを知った時はそう思っていた。私の中でメーと鳴いている羊はsheep、お皿に乗って出てきたらlamb/ラムかmutton/マトン、そういう印象だった。
食いしん坊ゆえにラムは生後0〜12ヶ月に当たる仔羊という知識はあったが、じゃあシープは?と思い調べてみたら
[sheep]
性別や年齢を問わない羊の総称
単数形も複数形もsheep
という事らしい。
じゃあ『羊たちの沈黙』はSilence of Sheepなんだろうなと思ったら『The Silence of the Lambs』だった。
こちらもラムなのか。知らなかった。何か根深い、そして妙に納得した。

"役割"と"ルール"が描かれているように感じた。
生きていく上で、何かしらの"役割"は欲しい。そこにやりがいもある。けれども、"役割"に固執する事で守るべき"ルール"を破ったり、その人が望まない"役割"や"ルール"を押し付ける事になったり、考えることから目をそらすある種の生きやすさに甘んじる結果になる事もあるし、知らないうちに"役割"や"ルール"にがんじがらめになって自分が苦しむ事もある。

3人しか登場しない"人間"には、皆、過去に失った"役割"があり、その喪失感がアイスランドの雄大な自然の中で描かれていた。
その対比が見事だと思う。
そしてその"役割"に苦しんでいたとしても、自分が誰かに同じことをしているとはなかなか気付けないものなのではないか、というところまで描く。

「マーライオンかっ」
この前に鑑賞した作品が、心境すべて垂れ流し続けるタイプであったのでそう突っ込んだばかりだった。
今作は最小限の台詞で雄弁に語る。
羊毛の仕事なのかな?と思ったが、冒頭料理をするシーンでこれは羊の肉だろうなと思わせるし、納屋で埃を被っていた物から彼らが抱える何かをこちらに突きつける。
映画はこうでなくっちゃと思いかけた所で、それも私の"ルール"であり、映画に押し付けている"役割"なのかもしれないとなった。

アダを産んだ母羊の鳴き声が泣き声に、そして声なき悲鳴になっていく。それと同じグラデーションで、喪失感を与える事と与えられる事の色味が増してゆく。


親鶏より雛鶏、マトンよりラムが好きかなと呑気に観始めたのだが、驚くほど面白かった。
そして今作を面白がる自分の何かしらの要素も突きつけられる。
その要素の名は、おそらく"変態'。
そういえば『ベニスに死す』でも同じ事を思った。
その要素も私の中で大切な"役割"を果たしてくれているのだろう。


3年前1回目の"空気になる"。
「最近面白い映画とかドラマあった?」
壮絶な離婚バトルのあらましを吐き出した後、友人がそう言った。
言えないよ、『最高の離婚』が面白かったなんて。
よく考えると、あれも"役割"と"ルール"から発生したバトルだった。


ネタバレボヤきをコメントに。
むぅ

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