平野レミゼラブル

信虎の平野レミゼラブルのレビュー・感想・評価

信虎(2021年製作の映画)
3.2
【史実に忠実足らんとした玄人好みの虎の穴】
これ本当に令和の映画か!?
主演・寺田農に始まる大河クレジットならば中盤~トメグループに配置されるであろう極渋キャストの面々、そもそも題材が甲斐の虎・武田信玄ではなくてその父・信虎、原作も小説とかじゃなく史料の『甲陽軍鑑』、AKB出身者などの綺麗どころの女性キャストですら史実に忠実に眉抜き&お歯黒、メインは合戦ではなくて御家存続の為に動き回る説得&評定……といった具合におよそ商業ベースでお出しする作品とは思えぬ攻めっぷりを見せつけてきます。
予告編からして令和公開の映画とは思えませんからね……それこそ大河ドラマ『武田信玄』の頃の作品と言った方がしっくり来るような質感で、そんな古臭い中でモブ兵士が「目があ!目がぁ~~~!!」と叫ぶ主演に掛けたムスカ様ネタを挿し込む妙な茶目っ気が異質。

実際の映画の内容もムスカ様ネタを除けば、一切観客に媚びる要素がなさすぎてビビります。
史実(というより『甲陽軍鑑』)に忠実足らんということを貫き通そうとしていまして、現代人には聞き慣れぬ単語や余程の武田家マニアじゃなければ知らない個人名をバンバン出しながら話を進めていくゴー・マイ・ウェイ状態。一応、聞き慣れぬ単語については画面にテロップを出す措置はするものの、ただ字面をお出しするだけなので「だからなんだよ」レベルです。
一応、僕は武田信玄が好きで、一時期新田次郎作品を読み漁ったり、大河ドラマ『風林火山』にドハマりしていたのでわからないことはなかったですが、まあこの時点で相当なマニア向けの映画ではあるワケです。

ただその分、史実忠実度はもはや病的と言って良いレベルでして、なんと山県昌景の唇がちゃんと裂けているんですよ!!
昌景は武田随一の猛将ですし、武田家臣団の中でも知名度も高い方ですけど、信虎をメインにしている本作では1、2シーンくらいしか出ない端役に過ぎないですからね!!それなのに、ちゃんと昌景が口唇裂だったという史実ネタを汲んで再現しているんだから芸が細かすぎます。
思えば、一瞬だけ画面に映る上杉景虎(北条三郎)や村井春長軒(貞勝)といったモブ武将でも、誰一人としてイメージから大きくズレた配役がなかったので、武将への理解度が深いキャスティングだなァと感心してしまいました。

この時点で、僕が何に感動しているのかどうでもよくなっている人がほとんどかとは思いますが話を続けます。
リーフレットなどにも書かれているように、髷、甲冑、旗、馬、音にまで拘り抜いていまして、例えば馬なんかは大河ドラマなどでは見栄え重視でサラブレッドを使っているのですが、本作で使っているのは在来馬の木曽馬。よく見てみると短足で、ちょっと可愛らしいポニーっぽい馬に乗っているのがわかります。音についても、実際の刀を用いて肉を斬ったり、刀同士を打ち合わせた本物の音を使用しており、とことん戦国当時のリアルさに拘っているという。
この常軌を逸した時代考証っぷりは、共同監督・脚本・製作総指揮及び企画、プロデューサー・美術・編集・時代考証・キャスティングをも兼任する宮下玄覇先生の手によるものが大きいでしょう。
宮下先生は本業として古美術鑑定家、歴史研究家をしており、実際に戦国期の鎧兜や茶器に造詣が深い相当な目利き。そのため、出てくる美術品なども細部まで拘り抜いており、こうした美術に至るまでねっとりとスクリーンに映し出していくので眼福です。流石にこのレベルで細部にまで真に迫っていると、自ずと画面に迫力が出てくるワケでして、そこらの時代劇では有り得ないような重厚さに溢れています。
音楽も大河ドラマ『独眼竜政宗』や黒澤明の『影武者』を担当した池辺晋一郎ともあれば重厚さも倍率ドン!そういう意味でも令和の映画らしからぬ雰囲気に溢れているのです。


……ただ、史実に忠実=面白いに繋がるワケでは一切なく、むしろ史実に忠実足らんとする描写の一つひとつが冗長で死ぬほどテンポが悪いです。
例えば、信虎が信濃・高遠で孫の勝頼以下甲斐の武田家重臣達と会談する場面があるのですが、そこで信虎はその場にいる重臣たちの先代を自ら誅したエピソードを長々語るんですね。これ『甲陽軍鑑』にもある信虎の老害エピソードなんですが、映画内でもいちいち一人ひとり順番に語っていくから滅茶苦茶長いです。8人くらいいる人物全員の紹介を律義にするようなもんですからね、もうテンポとかこの時点で度外視している。
台詞回しにしても、時代劇特有の持って回ったような言い回しで言い終えるまでがクソ長いし、全部言い終わってから次の人物がまたくどくど長台詞を始めるので余計にテンポが悪くなっています。会話の中でも妙な間が頻発されるので、1シーンのもったり感が物凄いです。

拘り抜いた美術品にしても、「折角拘り抜いたから画面に映したい!」という願望が変に出てしまい、調度品や鎧細部のアップからねっとりと全体を映し出していくため、これも悪テンポの原因となっています。
舞台となる寺とかの映し方にしてもイメージ映像みたいに一枚絵を出していく単調さのため、博物館の資料映像のようになってるのもかなりどうかと思う。

また、
「平太郎様は肥満により早死に遊ばれたのでございます」
といった「これいる?」っていう無駄情報の開示や、
一条信龍「父上は龍と虎どちらが強いと感じますか?」
信虎「ウム、中国では云々かんぬんで龍じゃな」
信龍「それでは父上とワシでは、龍の名を持つワシの方が強いということですな!!ハーッハッハ!!」
(信龍退席して何事もなかったかのように穴山信君と会談する信虎)
…といった無意味描写が意味不明すぎましたからね。平太郎はともかく、信龍も以降一切出てこねェし。
あと突然の熊襲来もかなり謎。デンデラー!!

本作の尺、135分なんですが、どう考えても上記長台詞や謎描写の数々が丸ごと無駄で長すぎます。信虎が死んだ後も25分くらい尺があったのは「正気か!?」とすら思った。まあ、これに関しては信虎が武田滅亡どころか崩壊の序曲である長篠の合戦の前年という非常に中途半端な時期に死ぬから仕方ない部分はあるのだけど。
それでも削れる部分は死ぬ程あるので、ポンポさんよろしく90分まで削る作業やる方が楽しそうです。

物語自体も相当に奇妙でして、念願の帰国を果たそうとしても孫に阻まれ、老害化していた信虎がスピリチュアルに目覚め、突如妙見様の加護の下でギアス(弱)に覚醒する流れは正直どう評していいのかわかんないよ……
ギアス(弱)の使い方にしても、「チート能力駆使して武田家の実権を取り戻す!」とか「巧くチート能力を使って織田軍に対抗する軍勢を作り上げる!」とかじゃなく、御家断絶だけは避けるために親族相手に「落ち延びろ!!」ってギアス(弱)発動させるだけだから盛り上がるワケがない。いや、別になろう系みたいな無双しろとは言わないけど、一本調子の説得だけを延々見せつけられても面白くもなんともねーのよ!!
オチもなんか色々凄まじさが極まっていて、最早ホラーですらあります。

一応、手放しで褒めたい部分もありまして、それが合戦描写。こちらは史実に忠実だったからこそ面白いって要素でもありまして、のっけから武田家名物石投げ衆が出てきて、敵が鉄砲をぶっ放すより先に投石でブチ殺す戦国期のリアルな殺意の高さだけでテンション上がります。
これまで大河ドラマとかで、鎧で身を守っているのにそこに刀でバッサリするだけで倒れたりするのが「時代劇の作法」とわかっていても納得いかなくて物足りなかったんですが、本作ではちゃんと鎧で守られてない首元を狙って斬り付けて殺すのでそういう違和感がないのも好印象。
ただ、その肝心の合戦描写が冒頭と最後の方にちょっとだけってのは残念ですね。さらに贅沢言うと兵の密度ももうちょい欲しかったんですが、まあこの辺は予算の都合ってヤツでしょうから無いものねだりかな。
いずれ凄い予算を費やした史実に忠実な鎧武者達の残虐ファイト映画ってのは観てみたいものですね。それこそ『最後の決闘裁判』の戦国時代版みたいなの作って欲しいですよ。

とまあ、何と言うか全体的に褒めようとしても、貶そうとしても終始「なんだこれ…」は付き纏う作品でして、非常に人に薦めづらくはありますね……「面白いか?」と聞かれたら、「面白くはない」と即答してしまうところはある。
ただ、僕にとっては面白いとは感じなかったけど、間違いなく嫌いではない作品なんですよね。やっぱり、ここまで製作者側が史実に忠実にしようと拘り抜いた熱意は汲みたいし、歴史好き・武田家好きとしては思わずニヤリとしてしまう場面も多かったので。
まあ、間違いなく玄人好みの映画ではあるし、間違いなく歴史好きじゃないと楽しめませんが、そこは武田信虎が主人公の映画を観る人なんて大体歴史好きだから言うまでもないって感じではありますかね。