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ドーナツキングのbackpackerのレビュー・感想・評価

ドーナツキング(2020年製作の映画)
4.0
"ドーナツ・キング"
この物語は、カリフォルニア全域を支配する巨大ドーナツ帝国を築き、そして全てを失った1人の男の、波瀾万丈の物語である……。(プロジェクトX風ナレーション)

カンボジア内戦の難を逃れ移民としてアメリカにやってきたテッド・ノイは、元カンボジア軍少佐の勤勉かつ優秀な青年でした。
そんな彼が、いかにしてドーナツ・キングと呼ばれるようになったかを、本人・家族・彼を知る人物・次世代及び若年層・関係者&有識者への取材から紐解くドキュメンタリーです。
制作総指揮には、なんとあのリドリー・スコットが名を連ねています。

三幕構成が明確に線びかれ大変にわかりやすい構成でしたが、一応どんな展開だったか記載します。

①導入部。テッド・ノイの若かりし日々、移民後の苦労、ドーナツとの出会い、ウィンチェルドーナツでの修行、独立と成功。
②転調部。カンボジアの悲劇、テッド同郷の移民にドーナツの作り方を伝授、テッド大富豪に、ラスベガスの魔手、身を持ち崩すはギャンブルなり……。
③結末部。破産と離婚、さらばアメリカ、その後のカンボジアン・ドーナツ帝国、ドーナツの時代、新世代ドーナツ事情、感謝。

こうして改めて内容を書き出してみても、実にドラマチックな人生を送った人物だなとつくづく実感します。
③に至って、テッドの物語は最早メインではなくなり、テッド自身もある種蚊帳の外で進みますが、「テッドがいたから今の我々がある」という言葉によって掬い上げられる演出もにくいですね。


さてさて、他の視点でもお話を。
本作が面白いのは、テッドという一個人の物語のみならず、1950年代以降のアメリカ及びカンボジアの情勢や、最新の文化に適応して生き残ろうと奮闘する人間模様が垣間見えることも一因です。
特に、アイゼンハワー大統領主導の下、1956年に施工した連邦補助高速道路法が、車社会の到来を告げ、通勤=車の図式が確率。手軽に持ち運べる&簡単に食べられるファストフードとしてのドーナツ需要の急増が、東海岸のダンキン・ドーナツ、西海岸のウィンチェル・ドーナツを急成長させる原動力になった、という経緯が面白いですね。
結果的に、ウィンチェルは自社で教育した働きやる気溢れるカンボジア人青年によって、そのシェアを大きく奪われるという皮肉に襲われますが、「悪いなとも思ったが、ここはアメリカ。市場原理の競争に敗れていく者もいると、皆知っている」という旨のテッドの言葉こそ真理であり、アメリカという国の力の源泉を感じ取れます。

また、カンボジア移民受け入れまでの経緯として、その時々の大統領が、批判を跳ね除け、移民達を受け入れる決定をし、その都度演説で「アメリカは移民達が作り上げた移民国家である」と繰り返し主張するシーンを織り込む様には、強い政治的メッセージ性があります。
現代社会は分断の時代。その根底には、移民・難民問題が横たわっています。
分断を煽る論調として槍玉に挙げられるこの問題に対し、過去の大統領発言を引き合いに出し、観客である我々に投げかけられるメッセージ。解釈は人それぞれですが、この映画を劇場で見る層の人ならば、肯定的視点で捉えてくれるのではないかと信じています。


昔から今に向かって進み、ドーナツ・キングの人生という枠組みから、新しいドーナツの夜明けへと展開する、ワクワクドキドキ希望に満ち溢れた、美しい帰結をした本作。
唯一気掛かりなのは、テッドと元妻クリスティの現在です。
2人へのインタビューは度々要所で流れますが、2人が同時に画面に映ることはついぞありませんでした。子供たちも同様です。
派手にやらかしはしたものの、多くの人に今でも慕われ、カンボジア移民の生活基盤の礎を築いたテッドが、元家族と現在どのような関係性を築いている(または築けていない)のか。簡単に解決する問題ではありませんが、可能なら、彼らが笑顔でお茶をするような関係性となっていることを願います。

「1人の年間ドーナツ消費量、31個」
「アメリカの年間消費量、100億個」
「96%のアメリカ人が、ドーナツを愛している」
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