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ベルファストのumisodachiのレビュー・感想・評価

ベルファスト(2021年製作の映画)
4.5
ケネス・ブラナー監督作品。北アイルランドのベルファストで暮らす少年の日々を描く。

ベルファストの和気あいあいとした路地で暮らしているバディ。家族は母親と兄、そして父親の祖父母。父親はイングランドに働きに出ている。近所の人々もみんな顔見知りで平和そのものの毎日だったが、次の瞬間に路地はプロテスタントの武装集団の襲撃に遭う。路地の入口にはバリケードが築かれ、心配した父親も戻ってきた。当然両親は引っ越しを検討しはじめるが……。

カラーで映し出される現在のベルファストの風景が、白黒にチェンジするとともに1969年にタイムスリップするオープニング。可愛らしいバディは近所の友達や大人たちと戯れ、母親は「そろそろ戻りなさい」と声をかける……そんな平和な一幕が、突如として壊される。こうしてものすごい急展開から始まる襲撃シーンは苛烈で、あまりに怖くてちょっと泣いてしまった。こんなことが起きたら……自分だったらどうなってしまうのか想像ができない。

本作は、徹底的にバディという少年の主観を通して描かれている。分断と暴力の影に揺れる当時の北アイルランドの情勢と、バディが生きている「ちびまるこちゃん」ばりの半径2メートルの世界。気になる女の子ができ、学校で席替えにドキドキして、面倒見が良いおじいちゃんと楽しく語らって(この辺も「ちびまるこちゃん」感ある)、少し不良っぽい友だちに流されたりもする。小さい頃は身の回りの狭い範囲が世界のすべてで、日常のちょっとした出来事が(例えば、友達の機嫌が悪そうだったとかね)、この世の大事件みたいに思えたものだが、基本的にバディの世界もその狭い範囲の中にある。

そうやって「ちびまるこちゃん」なノリで楽しく画面を見ていると、ときどき不穏なサムシングがその「半径2メートル」に入り込んでくる。目の前で突然カーテンを閉められるように、本当に突然に。この「のほほん」と「不穏」の急激な切り替わりが本作最大の特徴だと思う。これが兄の視点や母の視点から語られていた場合、もっと全体を俯瞰する眼差しが加わるはずで、ここまでビビッドな変化に富む作風にはなっていなかったのではないかな。

少年の視点を通して不穏な社会を描くというコンセプトは『ジョジョ・ラビット』にも通じるのだが、本作には『ジョジョ・ラビット』ほどの寓話性はない。もっとずっと生活感があって、誰にでもある子ども時代を淡々と描いているような雰囲気が感じられる。そして、描かれる暴力のスケールも戦車や軍隊を伴う砲撃と比べればずっと小さい(それでも十分酷いけど)。しかし、小さい子どもの目から見た物理的な暴力や破壊は異常な迫力を持っていて、自分の家が火事になったかのような生々しい手触りがある。

分断、暴力、差別、憎しみ、コミュニティの絆と脆さ、そして家族の想いと愛。かけがえのない子ども時代。世代間の状況や感情の違い……半径2メートルの世界にギュッと詰まっているのは社会と人生そのものだ。終盤に父親がバディにかけた言葉に今のロシアとウクライナのことを思って苦しくなった。

なお、登場人物の英語がアイルランド訛りなので、絶望的に聞き取れずに呆然。半分くらいしかわからなかったかもしれない……まさかここまで苦戦するとは。特に子どものセリフがまるで聞き取れずに推理力と想像力で乗り切った。

作品賞をはじめ何部門もオスカーにノミネートされている本作だが、俳優賞としてはおじいちゃん役のキアラン・ハインズとおばあちゃん役のジュディ・デンチがノミニーに。いやー、ジュディ・デンチはいつものことながら確かに良かったけどさあ!決め台詞を完璧に言い切ってて凄かったけどさあ!この作品に関してはまずはカトリーナ・バルフを評価すべきなんじゃないのか?と思いました。
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