Anima48

ベルファストのAnima48のレビュー・感想・評価

ベルファスト(2021年製作の映画)
4.1
幼少期というのはいつになっても懐かしく輝かしいのかもしれない、たとえそれが騒乱と恐怖にまみれていても。初めてのことに触れる新鮮な瞬間、身近な大人と目線を同じくした時、それは何時までも特別な瞬間として心に残っている。

“ごはんよー”と声を上げたママに向かって小さなバディはゴミ箱の蓋の盾と木の剣でドラゴン退治ごっこから意気揚々と帰りはじめ、短い帰り道で、近所のおじさんにからかわれる。近所は皆顔なじみで、大人は全ての通りの子を知っていて声をかけている。みんなが笑い楽しそうに暮らしていて、まるでディズニー作品の導入部のような光景だった。なんだろう、他所の国の光景なのに知らない昭和を観てる気分。みんなが知り合いで、ずっとそこに育ってきた世界、そこで性格が育まれ世界観ができあがる。そして守る者もできてくる。赤ん坊のころから知り合いという濃密な関係、街の長屋の窓はみんな開いていた。街は少年にとって完璧なゆりかごで、いつも誰かが自分を見守ってくれる大きな家族、ユートピア。それがいきなり暴徒が雪崩れ込んできて破壊される。棒が振り回され、窓は割られ、車が燃やされる。まるで静から動、平和から戦争というシーンだった。ママはバディを盾で守るけれど、女性が盾を持って子供を守る姿はまるでワンダーウーマンだった。

プロテスタントとカソリックの軋轢、アイルランド紛争についての映画で、一家はプロテスタントだけれど、カソリックが多くを占める通りに住んでいる。パパにプロテスタントの武闘派が仲間になれと圧を掛けてくる。そしてパパは税金の滞納の返済のためにロンドンに出稼ぎに行っていて、危険なときにママや子供達の近くに居てやれない。そんな家族を支えるのがお爺ちゃんとお祖母ちゃん。一家の住む通りにもバリケードが作られ、夜は男達が松明をもって見張りに立ち、おまけに兵隊や戦車までやってくる。

だからと言って、紛争を真正面から細部に至って描くのではなくって、当時の情勢はあくまで子供が見聞きしたり、覗いたりする情報以上のことは語られない。・・IRAであったり、血の惨劇といったものは語られることはない。U2のSundayBloodaySundayは3年後の出来事だった。子供のバディにとっては理由のピンと来ない軋轢が続いていて、街はまるで戦時下のような様相を帯びてくる。子供の目線だからだろうか?地面から見上げるような角度から物語は映されモノクロだけれど陰影がはっきりした画面で描かれる。恐怖と混乱の時代の下でも、子供は楽しく成長していき、人々の人生は続いていく。劇場でのクリスマスキャロル、映画館でのチキチキバンバン、TVでの真昼の決闘など、バディの関心は映像作品、モノクロで描かれるこのストーリーの中でそういったものだけはカラーで映し出される。そして成績の良いカソリック女の子に夢中になり、従妹との万引きに震え、牧師の語る破滅への道に怯える。そういったエピソードはあの紛争を語るというよりは思い出を描いていた。・・それは、素敵な初恋と美しい人々質が騒乱に満ちた割れたガラスの街角が混在する奇妙なものだったけれど。

プロテスタントの一家はカソリックのお隣さんとも「友達で家族だ」と語り、こんなことはすぐ終わると語る。熱に浮かされたような武闘派は「俺たちの仲間か敵か」などと短絡的なことを言ってどちらにもつかないパパを脅迫をしながら選択を迫る、同じプロテスタント(こういう言い方は好きじゃないけれど)なのに味方の中に敵を見出すような。熱狂的な空気は地元のゴロツキを民族闘争の闘士へのキャリアチェンジを成功させてしまっていて、男は排他的な価値観を正義と信じて疑わない。そしてまるで家族へも塁が及ぶような反社会的なやり方でパパを脅し、仲間にしようとする。国民的な熱狂というのは、熟慮を排除する方向に作用するし、周囲の熱気はあらぬ場所な人を持ち上げてしまう。雰囲気・空気に呑まれると人はこんな風になってしまうのかなと感じる。正直なところ、劇中でお互い相手の宗派の教義とかをしっかりわかった上での言動でもなかったようだし、フワッとした観念や思い込みで動いていた様にも見えて、特にゴロツキの彼には自省というものは感じられなかった。これが分断というもののメカニズムなのかもしれない。

それでもママは「この街は私たちの家よ。」って語るけれど…。パパとママは政治にも経済にも世間にもプレッシャーを掛けられていって、時間切れになる時は迫っているようだった。そしてバディは理想の夫婦に見えるパパとママでも手に負えない問題があるってことを知る、みんなこの街から離れたくないのに。「・・もうみんなに会えないよ。」これが子供にとって一番の脅威なのかも知れない。泣いて眠るバティ、争いがしっかり描かれるわけではないけれど、争いで失われてしまう世界は丁寧に見せてもらえた。

混乱の中でも、脅しに屈せずバランスをとれた考え方を捨てなかったパパ、でもギャンブル好きでちょっとだらしない所が等身大で親しめた。暴動の中でも倫理を捨てないママ、怒ることが多いけれども笑顔が素敵なママの人柄をもう少し知りたかったかなって思う。

ヴァンモリソンの音楽が凄く良くて、どこか懐かしい感じがする。そしてやっぱりアイルランド、ベルファストにしっくり来ていた。

留まり、去り、逝ってしまった人々への賛辞で物語は終わる。アイルランド人は旅人、必要なものは電話とビールを1杯と『ダニーボーイ』の楽譜だけ、そんな言葉が頭に残った。

アルスターフライ、食べてみたいな。
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