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ワース 命の値段のbackpackerのレビュー・感想・評価

ワース 命の値段(2019年製作の映画)
3.0
"9.11テロ犠牲者の命を、ドル換算した男がいた"
"あなたの命は、いくらですか?"

・What Is Life Worth?

9.11アメリカ同時多発テロの犠牲者遺族に対し、被害者補償基金への参加を求めるという、前代未聞の難事業に挑んだ弁護士ケネス・ファインバーグの実話を基にした本作。
主演は名優マイケル・キートン。『スポットライト 世紀のスクープ』のスタンリー・トゥッチや、『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』のエイミー・ライアンと、過去にキートンと共演している演技派が脇を固めます。
道徳観に揺さぶられる重いテーマを、ドラマチックに仕上げたのは、本作が初の大作と言ってもいいサラ・コランジェロ。今後のハリウッド女性監督の牽引役の一人となってほしい存在です。

ーーー【9.11被害者補償基金とは】ーーー
9.11被害者補償基金は、2001年9月11日のテロ関連の航空機墜落事故、またはその直後に行われた瓦礫撤去作業の結果、身体的被害を受けた、または死亡したすべての個人(または死亡した個人の代理人)に対する補償を提供するために設立された。2001年から2003年にかけて運営され、計5560人に 公的資金から 70億ドル超を支払った。2011年と2019年に再開および延長が決定。長期の健康被害に苦しむ人々の救済を続けている。
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人命に値段をつける。人間の価値を計算式で決めてよいのか。
極めつけに難しいテーマを劇映画とするうえで、ある種の悪人の物語として進行していくのが、本作の面白いところ。
主人公ケンは、社会的には高位に位置する有名弁護士。前半に描かれるケンのキャラクターは、傲慢さと想像力が不足したインテリといった感じ。それが災いし、遺族への共感と誠意が何より求められるファーストコンタクトの場で、超機械的お役所仕事な案件説明を行ったことで、自分が誠意をもってサポートすべき遺族からの反感を買います。
この流れから、ケンという人物は、作中ひたすら悪役ポジション。"9.11被害者補償基金の修正を求める会"を創設した、理知的で親身なチャールズ・ウルフ(演:スタンリー・トゥッチ)の方が、遺族にとっての正義を掲げる存在となり、所謂ヒーローポジションとなっています。(ケンにとっての悪役ポジションには、テイト・ドノヴァン演じるクイン弁護士等が存在しますね。)

そんな、本来的には善人なのに悪人としての使命を帯びてしまった主人公が、遺族の声を聴き、仲間の意見に耳を傾け、少しずつ柔軟さを取り戻し、最後には善人へと回帰していく、というドラマは、俗っぽく言えばライトサイドへの帰還であり、かつての敵が見方となって現れるようなカタルシスを持っています。
極めて政治的かつ資本主義社会の歪みを体現している設定をベースに、善→悪→善という変遷を辿る主人公そのものが持つ旅の構造(=成長譚)を描くことで、一本の人間ドラマとして面白く仕上げられており、エンタメとして実によくできています。

しかし、航空産業という巨大資本が政府に働きかけ、高所得者に有利となるよう誘導し、政争の道具として活用された挙句、報復戦争が行われたイラク及び今なお混迷を極めるアフガニスタン情勢へと繋がっていくのであるから、この映画の見せる一側面にのみ偏って見ることの危険性も、同時に感じざるを得ません。

池に投げた石が生み出す波紋の如く、影響はいつまでも歴史の水面を揺らしていくのでした……。
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