ひとりごとです

ハッチング―孵化―のひとりごとですのネタバレレビュー・内容・結末

ハッチング―孵化―(2022年製作の映画)
4.1

このレビューはネタバレを含みます

孵化…

その言葉が何度もよぎるお話

窓にぶつかった鳥、傷付いたんだろう、血がガラスについていて
様子を見ようと開けた隙間から、家の中に入り込んでくる
バタバタと狭い空間で羽を羽ばたかせて、部屋の中の物をぱりんぱりんと割っていく
透明で、美しい、光に当たると輝いて、対面するものを映し出すもの
音が、事実が、増えていく中で、母の顔が曇り出す

少女が捕まえたその鳥を母に渡せば、その腕の中の生き物がどうなるか分かっていた気がする
なにくわぬ顔で鳴くことを阻止された鳥は、ぐったりとして、生ゴミの中へ捨てられた

この流れだけでも十分に苦しかった
鳥が羽ばたくには狭すぎる部屋も
母の手元に渡れば自分の意には反することが分かっていながら、彼女の目に正しく映り続けることをやめられないのも
落ちたら簡単に割れてしまう脆いもの達が割れていくのも
自分の世界を壊していく存在はたとえ命があっても、存在を声に表していても、その家という小さな世界の正解の前では無でしかないことも。

ティンヤがアッリを見つけて育てる
その未来を生み出すには充分すぎる始まりだった

溜め込んできた感情達が形になるきっかけ

「大丈夫、私が守るからね」

大切に触れて、隠して、寄り添った
出てくるのは、あまりにも可愛いとは言えない、奇妙な生き物
べたべたとして、いいにおいでもない
ただ少し愛らしい
自分を真っ直ぐに見つめる瞳、頭を撫でてもらうために少女の手を掬う行為、お風呂でぶくぶくぱしゃぱしゃはしゃぐような姿
ふとこぼれる笑み

だがその不思議な生物は
少女が心の奥底に必死に止めようと隠していた感情を掬う為であれば、なんでもしてしまう

それは、凶悪に見える
見える、とは?
人と暮らす犬を殺めたり、
人間を傷付けるから?
それらの世の中で過ちだと認識される行為をすることを平気でするから?

人間誰もが潜めているものだろう
凶悪さなんてものは
根本に眠っている
目覚めるきっかけがないだけだ

目に見えた途端、人はそれを怪物を見るような目で捉える
汚らしいものだ、と

純粋とはティンヤのことだと思っていたが、アッリのことではないのか

「私が育てたの」

育てた、とは
その生き物が少女になるまでの過程を助ける行為
元気に声をあげられるような状態にし続けることは、あの残虐に思える行為を許すこと
それを分かっていながらも、彼女は栄養を与え続けることをやめなかった

それをやめてしまえば、いなくなる

ティンヤがアッリに抱きしめられ、涙を流したシーンを思い出す

この物語で少女が自分のありのままの感情をぶつけたのは、その生き物に対してだけだ
ずうっと、誰かにそうしてほしかったのに

ぶつけて、受け止めてほしかったのに
sosは出ていたのに
小さく、微かに、形になっていたのに

イヤホンを耳にしたのは、電気を消したのは、自分がみたいように見たのは、事実だけを言葉にしたのは、誰だ

「もう消えてほしいの」
自分の思考をかすめてしまう感情
「消えてほしい、殺すということでしょう」
母はナイフの矛先にいる生き物にその言葉通りのことをしようと、近づく

やめて
だってそれは己自身

ほら、「消えてほしい」そう願うことが「殺す」ことだと考えるのは
相手が同じ人間ではないから、世の中が正しいとする生きる生物ではないから、でしょう

その思考を厭わないのは
瞳に映されているソレを、化け物のように思うからだろう

何故だ?

前半で殺された犬のように血を流し、包帯が巻かれ、自身では呼吸すらもままならない少女のように痛みに苦しみ、目に見えて、その生き物が被害者のようになったとしても

当たり前のようにトドメをさそうとするのは何故だ

目に見えて、いるソレは
本当に怪物か?化け物か?

殺された犬、傷付けられた少女、目にうつる被害者達を被害者にした存在は加害者であり、悪、とされるのであれば

目に見えない、ティンヤのずたずたになった心はどうすればいい
誰がそれを被害とし、その原因を悪、としてくれるのか

土に埋めたそれを掘り起こしてくれる人は、治療をして息をすることを助けてくれる人は、トンカチで修理してくれる人は

どこにいる

「物を大事にしない人が多い。壊れた物を治すんだ」

その事実が形として目の前にあれば治るまで手を差し伸べてくれるのか?

その形、がとても悍ましいものだったら
優しく愛らしい彼女の中で蠢くソレが、人の瞳に映る時
ソレも同じように接してくれるのか?

恐れ、嫌い、否定をし、悲鳴をあげ、ナイフを握り、殺す行為を厭わないじゃないか

お前たちの目にうつるその生き物は、怪物ではない

父を想い顔を歪め、正直すぎる弟に苛立ち、母に応えようと笑顔を作ってきた少女の胸にはナイフが刺さる

娘の命を奪ったことに、震え、涙を流す母

初めて、目にうつるナイフ
「貴方だけは私の幸せのために生きてくれると」
目には見えないナイフ

肉を貫き、血を流してからしか
気付けないのか

少女の傷口から溢れ出る液体を口にして、少女になった生き物がその傷を作った相手を見つめる

ティンヤが育てたアッリが、しっかりと少女の形になったのは、その瞬間

孵化し、成長し、大人になる

少女は広い世界に羽ばたく翼を持っていたのに、狭い世界で精一杯自分の翼を動かし、物を壊し続けることしか出来なかった

最後はあの鳥のように、いともかんたんに、人の手によって鳴くことすら叶わなくなる

痛い、痛い、助けて
助けてあげる、殺してあげる
生きてても苦しいもんね

森の中で鳴り響く鳴き声の元であるあの鳥の息の根を止めたティンヤを思い出す
霧のかかった、淡い色をした夜だった
眠れない夜は、あの歌を歌う
水鳥の歌
母が弟に歌う歌
自分が己に歌う歌

だいすき、抱きしめてほしい
抱きしめたい
爪を立ててみる、あまりの痛さに私しかみられなくなるだろうから