ほろ苦く怪奇なプラトニックラブストーリー。
パク・チャヌク、2022年カンヌの監督賞を獲得した技巧的で難解な作品。
家庭を顧みず殺人事件を追う優秀な刑事の男。
夫の変死に悲しむどころか笑みを漏らす女。
2人は出会った瞬間に恋に落ちた。
捜査の過程で深まっていく、容疑と想い。
"抗えぬ恋心"と"刑事としての誇り"との間で揺れ動く男の心理描写の巧さもさることながら、それ以上に、男と結ばれるにはどうすれば良いのかを思案する女の謎めいた言動の真意が、終盤において解き明かされていくストーリーに、深い余韻が感じられる。
「あなたの未解決事件になりたい」というセリフがこれ以上なく的確に、この難解なストーリーを言い表しているのだ。
"恋しい相手の呼吸音"というモチーフにも作家自身のフェティッシュがこもっているようで、質感が素晴らしかった。
YouTube文化から端を発するASMRの流行に着想があるアイデアだと思われる。
また、映画技法としても流石。
会話する2人の姿がそれぞれ鏡像と実像で収められていたり、スマートフォンでの翻訳とボイスメモでの独白と対面での告白が入り乱れていたり、相反する関係性の拗れの隠喩として高度に機能している。
本作では、鮮烈なエログロバイオレンスを持ち味としてきたパク・チャヌクの今までの作風が一切封印され、静謐で抑制的な表現に徹している。
事実"パク・チャヌクのラブストーリー"でありながら、2人の肉体的関係はたった一度のキスシーンに留まる。
この制約下で表現されたラブストーリーとしては、間違いなく出色の完成度と言えよう。今作の男女の関係に「品がある」のは、パク・チャヌクの表現者としての「誇り」ゆえだと捉えられた。
しかし個人的にはパク・チャヌクには"下品さ"を、つまり『OLD BOY』のようなエモーションを期待してしまって、少し物足りなさを感じてしまった。