backpacker

聖地には蜘蛛が巣を張るのbackpackerのレビュー・感想・評価

聖地には蜘蛛が巣を張る(2022年製作の映画)
3.0
「人は避け難いことに出会うものだ」

イラン。欧米圏(特にアメリカ)との関係がよろしくない、イスラム教国家。
イランのイスラム教における最大宗派であるシーア派には、二つの聖地があるそうです。
一つは、首都テヘランから観光地イスファアン方面へと向かう途中にある、聖地ゴム。
もう一つは、イラン第二の都市である聖地マシャド。本作で舞台となるのは、このマシャドです。
マシャドには、シーア派の指導者エマーム・レザーの聖廟があるそうで、この聖廟は作中も頻繁に登場します。エマーム・レザーは毒殺されたため、殉教者として祀られており、そのことが連続殺人鬼"スパイダー・キラー"の神聖化とも結び付けられる構図になっていましたね。

私は、基本的に宗教全般に対して懐疑的かつ批判的なものの、信仰心を持つ才能がなかったこともあり、信仰を持つ人に対してある種の敬意を感じるため、そんな人を貶めたり、蔑んだりはしたくない、とは言え宗教そのものに対しては半笑いで臨む、というスタンスです。
ただ、そんな考え方もあってか、宗教が絡む内容の話題や作品になると、ちょっと興味が強く出ます。ましてや、本作のようなタイプの作品ともなれば、だいたいいつでも「これだから宗教ってのはなぁ……」と考え込み、鬱々とした気分になるんです。


イランとイスラム教が深く関わったテーマを描いた本作は、宗教への盲信の皮を借りて、貧富の差、優劣意識、ミソジニーといった、社会構造に根付く諸問題を炙り出す傑作でした。
そんな作品であるからして、当然にイラン国内での撮影はできず、ヨルダンのアンマンという場所で撮影されたとのこと。

スパイダー・キラーによる街の浄化と称した娼婦連続殺人は、やはり『タクシー・ドライバー』を彷彿とさせます。
スパイダー・キラーことサイードが、元軍人で、経験で模範的な信徒で、良き父親であったことは、W主人公として展開される中でも、彼の人間性に深みを与える、隙のない布陣となっていましたね。
W主人公のもう一人、ジャーナリストのラヒミの視点が入ることは何よりも重要な要素。本作が、あくまで連続殺人鬼の個人を深掘りする映画ではなく、社会構造が生み出す邪悪は、存外身近な存在であることを描いていることからも、彼女の視点な考え方は欠かせないのです。

ただ、やはり信徒であるがゆえの盲目さがもたらす残酷さは、それを必要としていた時代から変化したことも踏まえれば、やっぱり「これだから宗教ってのはなぁ……」と思わざるを得ません。
宗教のもたらすメリデメは双方よくわかるけど、それ、宗教というツールを用いずにできるよう挑戦してみてもいいんじゃない?との疑問が常につきまとうので、どうしたって不要な諍いを招く原因としか思えないんですよねぇ。
宗教って、ホント、難しい問題ですね。
backpacker

backpacker