たにたに

落下の解剖学のたにたにのネタバレレビュー・内容・結末

落下の解剖学(2023年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます

✨2024年25本目✨

アカデミー賞脚本賞🎉

ある雪山に佇む一軒家で起きた夫の転落死。
共に作家である夫婦に何が起きたのか。
第一発見者は愛犬との散歩から帰ってきた彼らの息子。しかし、彼は視覚障害があり、事件の真相は闇のまま。
妻であるサンドラが容疑者となり、裁判へと発展していく。

サスペンス映画として身構えると肩透かし喰らいそうですが、息子ダニエルの視点に立って観ることでこの作品は非常にスリリングかつ奥深いものになります。

事件現場に妻サンドラしかいなかったと考えると、どう考えてもサンドラによる殺害と捉えがちです。彼女の良き理解者であり、弁護士である男の言う通り、「信じて、私はやってない」というのはどうでも良いことなのです。そこにいたという事実がある限り、夫の自殺、もしくは事故死に持っていくほかありません。
愛する夫だろうと、彼に罪があると認めなければならないのです。

その間に挟まれているのが息子のダニエル。
彼の証言も曖昧な部分があるため、どこまでが真実かわからない演出になっているのは上手いと思いました。事件当日のことは記憶が曖昧だが、ある日のお父さんとの会話は鮮明に覚えていたりする。
ダニエルにとって、自分を守ってくれるのは母であるサンドラしかいない状況で、母が刑務所送りなど想像も難いことです。

ダニエルが法廷の証人席に立ったとき、弁護人と検察側の意見の押収に振り回されるシーンがあります。目の見えないダニエルが、右へ左へと視線を変えていくのです。

また彼は必ず傍聴席へと顔を出し、父が残していた録音テープの夫婦喧嘩と、母親の性的嗜好など耳を塞ぎたくなるような両親の雑音を神妙な面持ちで聞く。ダニエルの気持ちを思うと、本当にいたたまれないし、相当な感情の揺さぶりが彼を襲ったに違いない。

自分の感情に心を委ねるしかないという状況は、必ずしも真実を語ると言うことではない。家庭内戦争に巻き込まれた無垢な存在が、どちらかを選択しないと生きていけないという状況は理不尽でもある。

そんなことは我々の身近にもある。
ヒエラルキーを気にするあまり、生き残るために強い方に仕方なく従ってしまう時。
学校内や、社内、友人関係でもありうる話だ。どちらの立場もとらないという選択肢は嫌われる。しかし、自分の下した決断と付き合っていかないといけない。

ダニエルは母親を信じることを選んだけど、実際には怖いはずだ。彼の心象を思うと、もはや、夫がどうして死んだのかなど、どうでもよくなってしまうのである。それがこの作品の妙だと思う。ウクライナで起きている戦争で我々が記憶するのは泣き叫ぶ子供達への同情とロシアに対する嫌悪感だ。戦争がどうして起きているのかまで考える日本人がどれほどいるかということである。
たにたに

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