LudovicoMed

ほかげのLudovicoMedのネタバレレビュー・内容・結末

ほかげ(2023年製作の映画)
3.8

このレビューはネタバレを含みます

《想像を絶するトラウマを負った者は想像を絶する存在と化す》

衝撃の戦場描写で一躍話題となった『野火』の塚本晋也が続く戦争を題材とした3つ目の最新作。塚本晋也といえば俳優としても映画でちょくちょく見かけ自身の作品でも主演を張るその風貌が、作劇そのものに影響を与える相乗効果がございまして。平たく言えば凡庸な市民Aが壊れていく狂気=塚本晋也さんその人のキャラクター性だとしたらお前の存在感が一番、その映画ではないかという吸収力は『鉄男』の頃から発揮されている。あの排他的な喋りやメンタルを本質とする塚本晋也映画が敗戦後の日本の死んだムードと見事合致したのが今回の作品だ。

焼けただれた居酒屋で座敷童子のように住みつく女、彼女は身体を売り生活してるようだが、まるで家に囚われてるようにそこに同化しており暗黒めいた精神の女の中へ入ってった所でタイトルの文字が滲み出てくる。そこを訪ねやってくる客人は女の領域にまさぐり入ってく印象で室内という舞台立てで内面化を表しており身体を売る商売の心理的憎悪が黒ずんだ壁などから紐解くことができる。悲惨に侵食された傷跡と戦争の被害として見立てたこの家の美術がまずは素晴らしい点だ。続けて行き場のない復員兵や少年がやってくるくだりから物語はスタートし、他者を招き入れる事で心の傷跡にタッチするように擬似的な家族を形成する中、入っちゃいけない奥部屋があったりしながら関係を深めていく。

このような表現主義的なアプローチから身振りそぶりの体現に至るまで塚本晋也流戦後の後遺症をエグり出していくのだが、戦火の野火が残り続けた憎しみの火影の如く、概ね『野火』のエポックメーキングなリアリズムを踏襲した後日譚のようにも思える。
しかーし本作の正体は事前情報の雰囲気通りホラー調に仕上がっていたことだ。

それは我々が想像出来ないほどのトラウマに毒された人間たちが、不適切を承知の上であえて言わせればキチガイに成り果て、その姿に恐怖してしまう。その状況を森山未来演じる男が「みんなおもろいヤツばっかりだったな」と笑い飛ばす皮肉発言こそが、本作の狂気を語っている。夜中突然わめき出す復員兵、牢にいる男は子供の声が聞こえると耳を叩きまくる。中でも何気に嫌なのが「坊やがここの店は美味しいって紹介してくれて」しか喋らないひたすら繰り返すオジサン。彼らは可哀想である事をわかっていながら、怖い不快感がどうしても先にやってきてしまう。だからこそ目を背けてはならぬホラーとして訴える反戦の意味が出てくる。

表現主義的な技巧も強烈に働きかけ、黒焦げの壁をそこらじゅう小刻みなショットのオーバーラップで重ねていくと、ドンドンオーバーラップが暴れ出し、地鳴りのような轟音が響き渡る。次の瞬間どこか空襲の記憶を連鎖させる閃光がとてつもないショック効果で殴りかかる。また、内面化された家として魅せ続ける分、定期的に訪ね開く扉のガラガラがいちいち嫌な予感で緊張走ってしまう。

ところが後半になると少年(坊や)の地獄巡り的なプロセスであることが明かされ、生きた人間は気力を失って通り過ぎる外の世界では、目的を持って訪れる家編とは違う恐ろしさがある。森山未来は最初坊やを利用しようとしてた人物と思えたが、生存目的とは違う諦めの境地で動いていたのだった。ターゲットを見張り岩からひょっこりはんして恨み辛みを爆発させるあまりに恐ろしい演技、そして坊やが再会する諦めの境地を悟った想像を絶する存在たちは、最後にギリ人間的尊厳を垣間見せる。

それは少年に未来を託す事だったのだ。それくらいしかやる事が無くなったこの微かな希望によって感動的なエピローグを紡いだり、逆に病いでバケモンとなった居酒屋の女が坊やを追い払う悲しい現実を映す。

少ない上映時間にまさに怒涛の最悪が詰まっておりホラー的引き出しも多い。なんて恐ろしい映画なんだ、という訳で『野火』に続き傑作だったなあ。
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