yoshi

シャイニングのyoshiのネタバレレビュー・内容・結末

シャイニング(1980年製作の映画)
4.3

このレビューはネタバレを含みます

冬の映画というと皆さんは何を思い出しますか?東北に住む私は冬が嫌いです。雪が降ると行動範囲が狭くなってしまい、家から出る機会が減る。この映画の主人公のように鬱屈してしまうのが冬。冬の厳しさを体験したことが無い人にとって閉鎖された空間の居心地の悪さは分からないかも。それを丁寧に描いた映画なのです。

冬が嫌いな私は「冬の映画」というと真っ先に思い浮かぶのがこの作品。
そして、この映画はホラー映画の金字塔であるのは誰もが認める事でしょう。

それはホテルに棲む悪霊に男が取り憑かれるオカルト的側面、そして男が冬の雪山という閉鎖的空間で次第に正気を失って行くサイコサスペンスが同時に味わえることにあるのです。

つまり、一粒で二度美味しい。
二重のショックがあったからこそ。

原作と映画との違いによる監督と原作者との確執。
ステディカムによる撮影。
独特のシンメトリーそして一点透視図法の構図。
わずか2秒程度のシーンを2週間かけ、190以上のテイクを掛けた…etc.
散々語り尽くされた映画ですが、そんなトリビアは何度も繰り返して観たからこそ、調べたからこそ、言えること。

この映画が恐い理由は、冬の雪山のホテルという隔絶された場所、逃げ場のない閉鎖的空間で起こることがまず第一の理由として挙げられるのです。

そして、この映画が語り草となる大きな要因は、俳優たちの素晴らしい演技❗️
これに尽きます。

スタンリー・キューブリック先生はその演技を引き出すまでの時間の掛け方と要求するレベルが他の人よりも度を越していたのです。

俳優が一回勝負で臨んだ、生々しい臨場感溢れる演技と、俳優が監督の要求に応えるべく、何度も何度も撮影して徹底的に練り上げて作り込んだ演技。

どちらが観る者の心に響くのか?
それは私にも分かりません。
前者の代表は北野武やイーストウッドの映画でしょう。

この映画は何度見ても、出演者の演技にほころびが見られない。
セリフの一つ一つを発する表情が、登場人物の心理を過剰に表していて、視覚的に分かりやすいのです。
完璧に近いほどシーンと表情が合っている。

表情を捉えるカットが多く、かつ過剰な表現であるため、漫画の一コマのように見えるのですが、編集の妙で演技者が本心からそう思っているように見える…。

特に若きジャック・ニコルソンの怪演は、その表情の変化の多彩さ故に、彼の出演作品の中でも名演中の名演❗️と言えます。
まさに顔芸と言っても過言ではない。

小説家志望のジャックは、冬季間だけ閉鎖してしまうホテルの管理の仕事をしようと応募します。
そのホテルの支配人は、以前勤務していた管理人の男性が気が狂ってしまい、家族を殺したのちに、自分も自殺してしまった顛末を語ります。
しかし、静かな環境で執筆したいジャックは家族を連れて住み込みの管理を引き受けます。

冒頭のニコルソンの表情は、それまで出演したアメリカンニューシネマ同様、生意気で自信家な笑顔が光ります。

そんなジャックの一人息子、ダニーにはシャイニングと呼ばれる超能力がありました。その能力はダニーの中の別人格トニーが持っているようですが、その別の人格はホテルに行くなと言います。

ダニー役の子役がとても可愛い。
しかしトニーとして話す時の表情と声、亡霊を見た時の驚きの表情は、とても子役のものとは思えない。(キューブリック先生はどうやって演技指導したのだろう?)この子役もまた名演です。

ジャックは殺人事件の話など気にせず、執筆しようとしますが、次第にジャックは精神を病んでいく。

妻に静寂を邪魔されたことに烈火の如く怒り、また反対に生気のない表情で息子を抱くジャック。
躁鬱の起伏の激しさは執筆が進まない苛立ちより、何かに取り憑かれて壊れていく異常な様を私達観客にニコルソンはその顔面だけで伝えてくれます。

この顔面がニコルソンの起用理由ではないだろうか❓と今にして思います。

普段の彼の狼のような鋭い視線と裏腹の口元の笑み。その心の変化を表すように、その都度ハラリと乱れる薄毛。
(個人的には、この頃にバットマンのジョーカーを演じて欲しかった。)

ホテルの料理人の黒人に絶対に近づくことがないようにと言われた237号に忍び込んでしまったダニーが傷つけられる。
他に誰も居ないはずのホテル。妻はジャックに疑いの目を向けます。

この時のニコルソンは無言ですが、画面が切り替わった時に全く違う表情をします。
「一体何があった?」という訝しい疑問の表情から「俺がやったって言うのか?」という驚きの表情に一瞬で変わる❗️

「魂を売っても一杯の酒を」
妻に疑われた怒りと苛立ちのあまり、ついにジャックは悪霊を自ら迎え入れ、バーテンの亡霊との会話を楽しむ。

なんと嬉しそうな笑顔でしょう❗️

「酒は白人の呪い」
思えば、ジャックは書けない苛立ちにロビーのインディアンの模様にボールをぶつけていた。

妻に請われて237号室を調べに行ったジャックは全裸の美女の亡霊を見る。
なんと下心丸出しのニヤケ顔でしょう❗️

そして次の瞬間、美女の正体が老婆の亡霊と知った時の恐れおののき硬直した顔❗️

その後、平然と妻子の元へもどり、このホテルから出て行きたいと妻に言われた時の狼狽ぶり。
え?出て行くの?酒も飲めるし、美女もいる。小説のネタになりそうだ。俺は残りたい。そんな声が聞こえてきそうな一瞬の困った表情❗️

慌てて管理人を引き受けた責任を、妻に捲し立て、後に引けなくなるジャック。

たった15分弱のシーンに、ニコルソン百面相です。

中略
「仕事ばかりで遊ばない。ジャックはいつか気が狂う」
妻が大量の同じ言葉が印刷された原稿用紙を発見。背後に潜んでいたジャックに襲われます。

もうこの辺から、妻役のシェリー・デュバルの起用理由も明確です。
恐怖に悶えるあの顔です。
大きな目を見開き、怯える顔が張り付き、恐怖のあまり、ぎこちない動きにリアリティがある。

妻はなんとか反撃し、ジャックを倉庫に閉じ込めてしまいます。安心して眠るのも束の間、ダニーは口紅でレドラムとドアに書く。
妻はそれを鏡で逆さに読むことでマーダー=殺人と理解し、身の危険を察知する。

そこへ倉庫から出てきたジャックが斧で襲い掛かる。
ここは映画ポスター、DVDパッケージにもなったジャック・ニコルソンの顔芸の最高潮。
部屋の扉を壊し、爽やかに「ただいま」と微笑む。妻子が隠れるバスルームに詰め寄るに至っては、目が泳ぎ、舌を出し、三匹の子豚を唱える。ドラックでも決めなきゃ出来ないと思われる陶酔した顔。
トドメにドアを破って「お客様だよ」と追い詰めるあの殺意と決意に満ちた禍々しい表情。

一体何を経験すれば、あんな顔が出来るのでしょう❓

かたや妻の方は「ムンクの叫び」を超える絶叫。錯乱とはまさにあの顔❗️

この顔を超えるホラー映画のヒロインには未だ出会ったことがない。
楳図かずおや日野日出志でも漫画による再現は不可能と思われます。

さらに豪雪の中、救助に来た到着した黒人コックを一撃の斧で殺すジャック。
直後の「もう逃げられない」というセリフより雄弁なあのドヤ顔❗️
まさにトラウマ級です。

絶叫するダニーの顔のアップも中々のもの。人生経験の少ない子どもが、一体何を想像してあの驚きの顔をしたのか?

豪雪の中を外に飛び出し、庭の迷路に逃げ込んだダニーをジャックが追いかけ…

結末はネタバレになりますので、お話の部分はここまでとします。

さて、私はこのレビューの大半を俳優の演技、特に顔の演技について語りました。

「どの辺が、冬の映画たる理由なのか?」という声が聞こえてきそうです。

冒頭に申し上げた通り、雪が降ると行動範囲が狭くなってしまう。
家から出る機会が減り、鬱屈してしまうのが冬。

現在年末、帰省を考えている方も多いはず。例え家族とはいえ、ずっと顔を突き合わせていると居心地が悪くなりませんか?

この映画と同じです。
この映画では、家族であるがゆえに感情全てを極端なまでに曝け出しています。
亡霊や他の出演者が冷静な演技だけに、尚更引き立つのです。
その主演俳優陣の演技が素晴らしく、また雪山という閉鎖的空間が恐怖を倍増させるのです。

「仕事ばかりで遊ばない。ジャックはいつか気が狂う」
年末の忙しい時期と正月休みの精神的解放感のギャップ。
閉鎖的な田舎で、急に訪れる家族との気付かぬうちに蓄積したすれ違いによって生じる軋轢…。

年末のこの時期、誰もがジャックになる可能性があります。

ゆえにこの映画は冬を代表する映画なのです…。
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