あまのかぐや

ブラックブックのあまのかぐやのネタバレレビュー・内容・結末

ブラックブック(2006年製作の映画)
4.4

このレビューはネタバレを含みます

ハリウッドで名を馳せ、本国へ戻ったポール・バーホーベン監督の2006年の作品とのこと。

夜中にぼーっと眺めていたはずが、ものすごいエネルギーにひきつけられるまま2時間半の大作を見切ってしまいました。見終えてもなおもう一度頭から見返したい、と思うほど。

大戦末期、ナチスに翻弄された女の細腕一代記。傑作。

主人公はオランダに住む美しいユダヤ人の歌手ラヘル(のちにエリスという偽名を使う)。南へと逃亡の手引きをしてもらうはずが、何処かのタイミングで騙され、移送中に目の前で家族を殺される。彼女は復讐のためレジスタンスに入り、スパイとしてナチスの将校の愛人となる。

その先は裏切りと復讐の綾なす、まさに流転の人生模様。

冒頭のシーンではイスラエルのキブツの学校でこどもたちに歌を教える女性。そこに通りかかったツアーバスの乗客の女性が声をかける。2人はナチス統治下のオランダでSSの愛妾として出会い、心を通わせた仲だったのでした。友人との再会をきっかけに彼女は自分の半生を振り返ります。

戦争の悲劇、しかし美化なしの陰惨な描写、さらにドラマチックな愛と復讐とミステリー。冒険ロマンとリアルの配分が素晴らしい。緊張感が途切れそうな頃合いにエリスの美声や裸などで緩急つけ、長尺でも中だるみなくがっつり観られました。

復讐をとげるため、生き抜くために、ときには欺くことも、「女」を武器に使うこともモノともしない。

そしてレジスタンスの側にもナチスの側にも極悪人と善人が入り乱れる人間描写も巧み。すこしでも目を離すと彼女を取り巻く人脈図や情勢は一変している。味方と思ってそばにいれば裏切られるわ、敵とおもっていれば思わぬ展開になるわ、いっときも気を抜けない。

いつしか観てるわたしまで「信じられるのはエリスだけ」という極限状態に、いっしょに追い込まれている。

合わせて時代も大変革期。終戦をむかえ、戦後とはいうもののこれで一段落するわけではない。解放の喜びにあふれたパレードの場面で「さ、そろそろエンドロールかな?」とつい落ち着きたくなりますが、そこで気を抜いてはダメ。支配と統制から一気に解放された反動で国内はめちゃくちゃ。統治下よりひどいことになる。そこからまた運命はエリスをいいように転がしもてあそぶのだから。

文字通り鞭打つような過酷な運命をすり抜け、持ち前の強運かど根性か、とにかくエリスは前へ進もうとする。

終盤、それまで時に飄々と、時に力強く、何にも負けないような安定感を見せていたエリスがひきつけを起こすほど慟哭するシーンがあります。「この苦しみはいつ終わるの」と。

彼女は、ナチスから奪還したユダヤ人の遺産で作った居住地、イスラエルのキブツで、学校の先生をしながら家族を持ち穏やかに暮らしています、しかし、その背後には軍事調練の姿が。彼女の苦しみが終わる日は・・・という結末。

「見終えたあと、冒頭のシーンに戻りたくなった」というのはそういうわけでした。

あちこちで蒔いた伏線も、唯一友情で結ばれた二人も、綺麗にまとめられている。エリスはたくさんの物をなくしてきたけどやはりタダでは終わらない。

主人公エリス(オランダの女優カリス・ファン・ハウテン。最近ではゲームオブスローンに出ているらしい)がとにかく魅力的。ためらいない脱ぎっぷりと朗らかな歌声。観ようによっては飄々とした可愛らしさもあり、また歌姫らしいゴージャスさもある。

PV監督作でいえば、トータルリコールのシャロン・ストーンや、ショウガールのノエミ(エリザベス・バークレイ)など、あきらめることを知らないタフでしなやかな美女の系譜を観たような気がします。
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