あまのかぐや

羊たちの沈黙のあまのかぐやのネタバレレビュー・内容・結末

羊たちの沈黙(1990年製作の映画)
4.8

このレビューはネタバレを含みます

先に「ハンニバル」のレビューをあげてしまいましたが、原点はこちら。ハンニバル・レクター博士が世間に初お目見えの記念すべき本作。何度見ても引き込まれる、そして唸らされる名作。
そして「名作」の名に箔をつけるがごとく1992年アカデミー賞5部門独占。え?と何回も確かめてしまう。ホラーやSFは避けられがちなアカデミー賞で?
主演女優賞と男優賞、作品賞、監督賞、そして脚色賞も。(この年ほかにノミネートされていたのは、オリバー・ストーンの「JFK」やウォーレン・ベイティの「バグジー」でした)

まだ若いジョディ・フォスターが美しい。クラリス・スターリング捜査官の完全無欠ではないところ。未熟さと一生懸命さ。強気で挑みつつも、観客と同じ目線で世にも怪奇な物語に巻き込まれていく不安感に揺れる目の演技がとてもいい。

クワンティコにFBIの訓練施設があるというのはこれで知りました。捜査官候補生たちの訓練風景。ひとよりだいぶ小柄で、どうみても子供みたいなクラリスが男勝りに訓練している姿が、また等身大で。事件現場でも訓練所でも、いろんな場面でクラリスが周りのでかい男たちから好奇の目を注がれているのが印象的でした。そういう時代というのが実にわかりやすいし、実は田舎出身、そして女であること。クラリスの虚勢や不安、心根の部分もまた真に迫った描き方です。

余談ですが、この時期93年からからスタートした「Xファイル」でスカリー捜査官を演じたジリアンアンダーソンは登場当時、羊のクラリスの劣化版なんて揶揄されてましたが、ドラマ版ハンニバルではレクターの主治医役で出ています。巡り巡ってこのご縁。

クラリスの上司であり、元恩師であるクロフォード捜査官。「レッドドラゴン」ではハーベイ・カイテルがドラマ版ではローレンス・フィッシュバーンが、それぞれクロフォードを演じていますが、わたしはこの銀縁メガネの知性派クロフォードのイメージが強い。愛弟子クラリスとの間の空気はなぜか独特なものがあり、彼の背景をいろいろ想像させる。

そう。レクターとクラリスの間の、プラトニックなんだけどエロティックな関係性も見逃せない。(だから「ハンニバル」のラストは納得がいかない)。なんというか父性愛とプラトニックラブのちょうど間ぐらいにある。
そういう意味では、格別な愛情を持ちながらもレクターも師であろうとし、クロフォードも師であろうとした。そんな人間ドラマ。

「バッファロービルに関するヒントをやる。その代り君のことを教えてくれ」

独房、ガラスを挟んでのレクターとの初邂逅シーンでの対話は名シーンです。瞬きもせず見据え、矢継ぎ早に質問を浴びせるレクターのこわいこと。それに真っ向から対峙するFBI訓練生クラリス。完璧な導入です。

ここでレクターが収監されている理由は「レッドドラゴン」でウィル・グレアム(エドワード・ノートン)を刺したからなんですかね。こういう時系列で正しいかな。

クラリスとレクターの間の人間ドラマと並行して、実際の事件をモデルにしているといわれるバッファロービル事件が展開していく。実際にあった残虐な猟奇殺人事件がモデル、ということも、よくぞこれ賞をとったな、と改めて思います。

これだけの長さの映画の中に幾つもぶち込まれる名場面の数々。
モフェットの貸し倉庫や、見世物のように隔離されたメンフィスの刑務所から脱獄するシーケンス(エレベーターや救急車の中)やクラリスがバッファロービルの隠れ家に突入するクラリスとFBIチームの見せ方とか。

もういまとなってはいろんなサスペンスものホラーものサイコキラーものでみかけるようになったシーンも、教科書のようにパーフェクトな模範演技をみせています。

ボルティモアの精神病院でレクターから軽蔑の対象となっているチルトン医師の狡猾な小物感、今作ではそこにいるだけですがバーニー看護師などが良いスパイスになっています。彼らはこの先の派生作品にも登場するので覚えておいてね。
彼らをはじめ刑務所や病院の職員やマスコミの、レクターの扱いが非人道的なもんで、お前らみんなみんな食われてしまえとばかり、観てるほうはレクターの味方になっ…

…そこでふとレクターにいつの間にか惹かれてる我が身にゾッとする。

「怪物と対峙する者は、その過程で自分自身も怪物になることのないように 気をつけなくてはならない」「深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ」(byニーチェ)

恐ろしいね。自分の中に怪物を見た瞬間だね。忘れないで。彼は頭脳明晰な紳士だけど、人の顔から丸かじりするカニバリズムの猟奇殺人犯ですよー。

物語の続きは、ここから10年を経たリドスコ監督の「ハンニバル」。なんの説明もないまま、なにごともなかったかのように突然主役のクラリス・スターリングがジュリアン・ムーアに変わりますが。