平野レミゼラブル

バグダッド・カフェの平野レミゼラブルのレビュー・感想・評価

バグダッド・カフェ(1987年製作の映画)
4.0
不思議な作品だ。
物語に起伏は無く終始淡々と進むし、舞台は砂漠の寂れたカフェとモーテルのみ、失礼ながら役者の方々も特に華があるわけではない。
なのに映画を観た後の感情は爽やかで「良いものを見たなァ!」という感想が自然とこぼれる。

本作の独特の味として目を引くのは、作中でも象徴的な役割を果たす黄色の魔法瓶をはじめとしたセピアな画面だろう。
寂れた砂漠の印象そのものではあるが、何か郷愁のようなものも感じられて映画自体を落ち着いて鑑賞できたように思える。
途中でDVDジャケットにもなっているタンクを掃除して以降は、色彩が豊かになっていく変化も美しい。

そう、『変化』はこの映画最大のテーマだ。
主人公のジャスミンがもたらすちょっとした刺激や善意が、怒りっぽいカフェの女主人やその周囲を少しずつ解きほぐしていく。
最初はジャスミンも無愛想な感じだし、女主人をはじめとするカフェの面々も余所者を邪険に扱う。
しかしジャスミンは旅先で夫と別れた寂しさからか、徐々にカフェの人々に歩み寄る『変化』をしていき、次第にカフェのみんなにも穏やかな気持ちが伝播していく……そんなささやかな変化が薄れていくセピア色とともに描かれるのは、視覚的にも心地良い。
カフェの中には最後に「みんな仲が良すぎる」として出て行ってしまう人もいる。これもまたカフェの変化が端的に示されていてスマートだなあと思うし、ある種のリアルであり優しさでもある。
賑やかなオアシスにこそ人は集まるが、セピア色の砂漠を住処とする孤高の人間もいるのだ。そんな多様性を肯定したシーンのように思う。

終盤のマジックとミュージックともなると、それまで寂れた印象しかなかった場所や人物がこれ以上なく輝き出して見えてやはりステキだ。
くたびれた毎日にちょっとした優しさを与えてくれる人間賛歌であり、これからも繰り返し見たくなる魅力に溢れている。
オススメ!