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1984のbackpackerのレビュー・感想・評価

1984(1984年製作の映画)
4.0
ディストピアの聖典にして、管理社会の代名詞となったジョージ・オーウェルの傑作小説『1984』の、2度目の映画化作品。
さて、まずは本作がどのような映画なのか、Filmarksにあらすじがないので以下に記載します。
ーーーー【あらすじ】ーーーー
1950年代、世界は核戦争で崩壊し、各地では革命や内乱が発生。1984年現在では、オセアニア、ユーラシア、イースタシアの三大超大国が世界を分割統治している。
オセアニアでは、偉大な指導者"ビッグ・ブラザー"による統制の下、"党"によって国民の思想や生活の統制が徹底されている。

主人公ウィンストンは、真理省に勤める役人。仕事は歴史の改竄だ。
日々の業務に疑問を抱いたウィンストンは、禁止されている日記を残し始める。
それと同時期、党員の女性ジュリアからの誘いに応じ、同じく禁止されているセックスに興じる。
現実から離れ、2人きりの自由な時間を楽しむウィンストンとジュリア。
だが、そんな時間は長続きせず、思想警察に捕縛されることになる……。
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『1984』は、2回映画化されています。
1度目は、1956年に公開されたマイケル・アンダーソン監督版。
(それに先駆けて、1954年にテレビドラマ版も製作されています。)
2度目は、世界が本当に1984年を迎えるに合わせて公開された、マイケル・ラドフォード監督版、すなわち本作です。
(56年版については、再見する機会があれば、その際に改めてレビューしたいと思います。)


全体主義による洗脳、統制、熱狂、そして恐怖。
それらを陰鬱で重苦しい映像でぶつけてくる本作は、見ているだけで気が滅入る迫力を有しています。
そんな陰鬱な全体主義世界を描く本作において、世界観の核となるものが3つあります。
〈INGSOC(イングソック)〉、〈ニュースピーク〉、そして〈二重思考(ダブルシンク)〉です。

オセアニアでは、国家のイデオロギーとしてイングソック(イングランド社会主義の略称です)という思想を掲げています。
このイングソックは、かなり複雑な政治哲学であり、普遍的原理として"絶えず変化する不変の存在"(ニュースピークとダブルシンクによる歴史改竄のため、こんなわかりにくいことに……)の座に君臨しています。

そのイングソックを国民に浸透させ、党による完全な支配を確立させるために用いられているのが、ニュースピークとダブルシンクです。

ニュースピークとは、言葉の持つ多義的な意味を、削ぎ落として単純化することで用法や語彙を制限し、国民が党のイデオロギーたるイングソックに反する考えを抱けなくする、新言語体系です。
このニュースピークを用いて、簡単な言葉の言い換えから重大な過去の改竄まで、党がコントロールする虚構を真実へと書き換えていきます。

この過程において、あからさまに嘘や虚構である言葉や、完全に相反し矛盾する二つの意見が存在すると、国民は知っています。
しかし、「それらはどちらも正しく真実である」と信じさせることにより、改変を違和感なく受け入れさせる方法があります。
その方法が、ダブルシンクです。

ダブルシンクは、心から本当のことだと信じていながら、意識的に嘘をつき、不都合や不要な事は忘却し、もしその忘却した事が再び真実や必要な事となれば即座に呼び起こす……という、難しい思考法です。

わかりやすく言えば、政治家や官僚が、明らかに嘘だろ……ということを大声で喚き散らし、真実だと説得しようとするようなものですかね。
森友・加計問題に関する虚偽答弁や、桜を見る会に関連する言い訳等、その後にコロコロ変わって言った発言を踏まえれば、政治家や官僚が弄する煙に撒く・質問とズレた答弁は、嘘を真実と認識するダブルシンクの賜物とも言えます。


以上の3つの力によって、詭弁・偽善・欺瞞であるが、同時に真実であるという矛盾を理解し、党の示した真実を鵜呑みにしていくよう調教された国民たち。
本作は、そんな悍ましい世界において、自分の考えを持ってしまった主人公・ウィンストンに対する、思想警察からの恐るべき拷問と思想の矯正という"処置"の様子を淡々と描いていきます。そのやるせなさったらありません……。
残酷で異常で恐ろしい、身の毛もよだつ物語です。


この物語が、創作の世界と安心してはいけません。
本作は、単なる「SFとしてのディストピア世界を映像化した」だけの作品ではなく、権力の本質やそれがもつ快楽のおぞましさを示し、現実世界がこの管理社会へと着々と進んでいる事を思い知らされるものだからです。

ディストピアの聖典だからといって、それを教科書にしてほしいなんて、誰も言っていないんです。
全ての政府は嘘をつく、権力は必ず腐敗する。
現代社会が『1984』化しないよう、改めて、自分たちの目が濁らないよう意識しなければならないと、改めて感じさせられました。



因みに、作中登場する監視システム"テレスクリーン"には、四六時中ビッグ・ブラザーの肖像が映し出されておりますが、この肖像は巨匠オーソン・ウェルズです。
『第三の男』にて悪魔的存在の象徴となった彼が、遂に支配者の目として人々に在らん限りの抑圧を加える存在にまで至るとは、恐ろしや恐ろしや……。
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