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にっぽん零年
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『にっぽん零年』に投稿された感想・評価

4.5
【生態記録】

1969年に一般公開されるも、左翼思想を国民に植え付けるとしてすぐさま上映中止となった曰く付きの、日活制作のお蔵入りドキュメンタリー映画。河辺和夫と藤田繋矢(のちの敏八)共同監督作品。音楽は佐藤允彦。🎻🥁

東大紛争、新宿のカメ狂のフーテン娘、ヒッピー族、自衛隊、広島平和集会などが劇中にてオーバーラップする内容となっており当時のカオティックな日本な様相がスパスパ切り取られてある。

大島渚や小川紳介ほど政治的でラジカルなモノでなく、むしろ今村昌平か中島貞夫辺りの作る生態ドキュメンタリーに近い肌触りのある映画だと思った。こんなものを観て左翼に洗脳されるだなんて見当違いだろうよ…😓💦

後半に於ける広島訪問、被爆者の当時の回想インタビューが取り分け印象的であり戦後日本の矛盾点を抉っていく構成がロジカルで秀逸なドキュメンタリーとなっている。😗✈️

まあ当時のサヨク的観点から見たアジアの小国日本🇯🇵のイビツで不気味な姿というのが、藤田繋矢(日本統治下の朝鮮出身)の描きたかったテーマなのでは?という皮肉っぽい見方も出来なくなはない。『靖国 YASUKUNI』にも通底するモノ有り。
藤田敏八監督が若手時代に手掛けた伝説のドキュメンタリー作品。1968年の20歳3人=全学連の東大生、新宿のフーテン娘、自衛隊員の姿を追う。1969年に公開したが三日で打ち切りになったとされる。共同監督:河辺和夫。音楽:佐藤允彦。製作:日活。

本作のクライマックスは1968年・8月の広島。全学連の東大生が被爆した母の故郷を恋人と共に訪ねる。宿泊先の女将が被爆者で、健康の不安から堕胎し結婚を諦めた話を聞く。それまで自分の主張を喋り倒してきた学生の口が停まる。戦後23年目の夏。学生運動の基本は“反戦”だったことを再認識した。

当時の若者の姿は「にっぽん’69 セックス猟奇地帯」(1969)「新宿泥棒日記」(1969)や、田原総一朗がテレビ東京時代に手掛けた一連のドキュメンタリー番組(1969~1973)で垣間見てきた。同時代とはいえそれぞれ切り口と作家性が違い、本作からも藤田敏八監督の個性が滲み出ていたように思う。最も顕著なのは、“ふうてんのカメ狂”こと京子(20歳)が作業員のおじさんからススキの穂を取ってもらい嬉しそうに去っていく場面。何てことはない短いシーンだが、1968年を生きる彼女の境遇と純粋さが実感として伝わってきた。何だか自分の想い出のように。

劇映画の監督だけに、観やすく構成されたドキュメンタリーだった。事実を構成にハメることを嫌う向きもいるだろうし、解説書によると全学連パートには演出も加えられていたようだ。しかし限られた上映時間の中で1968年の東京の青春を俯瞰で捉えるという点では、バランスの良い秀作だと思う。

1968年が“にっぽん零年”だとしたら、今年は“にっぽん五十五年”だ。“にっぽん”は続いてきたのか?とっくに終わっていただろうか?

※クレジットで、藤田敏八監督は「藤田繁矢」名義
※序盤に映画評論家の佐藤忠男さんがインタビュアーとして出演
※本作は2002年夏にリバイバル公開された
69年製作、02年公開。藤田繁矢(敏八)、河辺和夫共同監督。
68年夏の東京、そして広島のドキュメンタリー。大学闘争、フーテン、広島平和集会などを捉える。浦山桐郎、斉藤光正を加えた4人で撮影を始めたが、日活の中止命令で2人は降り、藤田と河辺で続行。完成したが封印された。 ユーロスペースにて。

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