あまのかぐや

哀しき獣のあまのかぐやのネタバレレビュー・内容・結末

哀しき獣(2010年製作の映画)
3.5

このレビューはネタバレを含みます

おすすめ韓国映画3つをあげよ、と問われたら、「オールドボーイ」「悪魔を見た」そして「チェイサー」と答えます。

(お勧めする人を選びますが)
(そして実際“おすすめ”しちゃっていいかと言われると…)

「チェイサー」でデビューしたナ・ホンジン監督。

次回作では、日本が誇る名優、國村隼さんが狂気の演技で大活躍!ということで公開前から話題の「コクソン」を見る前におさらいということで、まだ見たことのなかったこの作品を。
(そういえばチェイサーのレビューもまだ書いてませんでしたね)

話はやや複雑で、120分を軽々超える映画の間、なかなかに集中力を必要とします。

冒頭の舞台はロシアと中国と北朝鮮の三国の国境近い吉林省延辺という地区。ここでは朝鮮族の自治区となっています。ここから多くの朝鮮族のひとたちが合法違法に国境を越えてソウルに出稼ぎに出ている、という事実。

このあたりから、もう「えええ?!」と。

すぐ近く、お隣の国の話なのに、そんな世界があったとは、という驚き。おもわずグーグルマップで、その場所を検索しそうになりました。

ソウルに出稼ぎに出た妻の渡航費用に使った借金の返済のためタクシーの運転手をする主人公グナム。行きつけの雀荘で負けが込んだとき、闇社会の元締め「ミョン社長」なる人物を紹介され、ソウルに行ってある人物を殺してくるように、との依頼を請け負う。

グナムはミョン社長の手ほどきで韓国へと密航する。
地元に残した老母と幼い娘の命を盾にとられ、グナムは抜き差しならない闇社会への片道切符をてにしたことになったのでした。

それをきっかけにいくつかの黒い依頼が交差し、また出稼ぎに出たきり消息不明のグナムの妻の行方探しエピソードも絡み、なかなか複雑な作りになっています。

なぜ複雑かというと、話がグナム視点なため、決死の思いで臨んだ殺害依頼がうまく運ばないのか、妨害する奴らの正体、そしてなぜ今度は自分が追われる羽目になっているのか、さらに妻の行方まで、すべてわけがわからないまま進むからだと思います。見ず知らずのソウルの街(彼の地元、延辺の街とのあまりの違いに茫然となります)に丸腰で乗り込んだこころもとなさも、それに拍車をかけます。

映画本編は4編に分かれており「1、タクシー運転手」「2、暗殺者」「3、朝鮮族」「4、黄海」の4章だてになっています。3あたりから先の展開はスピーディーというか、韓国国内を縦横に移動するは、誰が誰を追いかけているやら、1分でも目を離したら分からなくなってしまうのでトイレ厳禁です。できれば1、2章あたりまでにしておいて、グナム中心の話を濃く見せてくれていたら、と思います。

特筆すべきは裏社会の空気ぷんぷんに孕んだミョン社長役、キム・ユンソクの獣っぷり。こいつに捕まったら絶対ヤバいと思わせる。こわい。(ちなみにチェイサーでは変態を追う主人公。元刑事のホテトル元締め。)

それでも地元の朝鮮族自治区にいるときはまだやくざな風貌と、まわりに「社長」と言わせるような鷹揚さがあったのですが、グナムを追ってソウルに乗り込んだあたりから獣っぷりに拍車がかかります。

韓国バイオレンスにはお約束の手斧や刃物の他に、今回は、なんだかよくわからないけど、さっきまで誰かが食べて鍋に放り出していた何かの骨もミョン社長の武器になります、骨!これは新しい、しかし…こええええっ!!!

あともう一人、キーマンとして、ソウル在住のバス会社の社長がいて(片岡愛之助似)こいつはグナムが殺害しようとする教授の知り合いらしいのですが、最後までスカしたスーツ姿なんですが、中身が獣(げす)。

どうやら、朝鮮族を十把一絡げに見下す、ソウル在住の韓国人小金持ちの代表のような描かれかたのようですが、同じ国民ながら、根深い差別意識や選民意識のようなものが見て取れ、実際に血や脂や汗まみれの殺戮、バイオレンスシーンよりもそちらのほうに、なんとも胸の奥にいやーな味が残ります。

ちょっとこれまで好んで観てきた韓国映画とは違うな、と感じました。
ソウルまでの密航者たちの描写。言葉も、使う文字も変わらないのに、あからさまに蔑視され、底辺で汚れ仕事をして生き抜く朝鮮族の姿。

よく使われる「格差」という言葉以上に、なんともやるせない、しかし現実として、すぐ隣の国に実際ある社会の階層の存在を初めて知りました。面白い、というには不謹慎かもしれませんが、こうして視野を広げてくれる映画は忘れられないものになります。

バイオレンスとカーチェイス、そして敵だらけ入れ乱れ、誰が誰をチェイスしているのか、分からない混乱ぷりの中で、最後までタイトル通り「哀しき獣」を貫く主人公グナム。彼を演じるのは「チェイサー」で連続猟奇殺人鬼の変態を演じたハ・ジョンウ。それから「テロ・ライブ」で落ち目のキャスターを演じたりと映画によって「え?同一人物?!」と目を疑うような変貌を見せるすごい俳優。

今回のグナムは、ほとんどセリフがない役ながら、昏く燃え立つような執念と手負いの獣の悲哀をみせます。140分、精神的にも肉体的にも追い詰められっぱなし。何度死んでいてもおかしくない中、よくぞ生きぬいた、とこちらの体や精神までがちがちに緊張を強いられます。

そしてラストシーン、海に漂う漁船を遠望するカメラ、オリジナルタイトルの「黄海」と「獣」がズズーンとのしかかり、胸がつぶれそうになります。

「チェイサー」同様、ハリウッドでリメイク権を取得したそうですが、止めておいた方がいいと思う。この複雑で重く根深い民族模様、どうやっても良いリメイクになりそうもないと思います。
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