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労働者階級は天国に入る
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『労働者階級は天国に入る』に投稿された感想・評価

菩薩
3.5
言わんとする事はめちゃくちゃ分かるのだが常軌を逸した労働環境が故のとか安全配慮義務が配されなかったが為の事故と言うわけでもなく、ただただ動いてる機械に指突っ込んたら当然の結果として指飛んだと言うだけで何をイキってんだ…と言う感情は最後まで捨てきれず、学生運動家の「歯周病なんだ!」は余計に知らんしだし他責思考が過ぎやせんかと。ただこの映画は別に労働者の権利を〜みたいな話では無くて、自分の意図せぬとこで世の中は勝手に回り、自分はその中の歯車の一つに勝手にされ、気付いたらベルトコンベアーに乗せられ天国?むしろ地獄に出荷されるしょーもないもんすわ〜と、半ば自虐的に人間と言う生き物を捉えている映画なのだろうとは思った。精神病院の描写はなかなか喰らうもんがある、1日8時間週5の労働を当たり前と受け入れてはいるが、本来であればそれって狂気なのかもしれない。ただ私自身は労働の基盤が整って無いと逆に気が狂うタイプなので労働そのものを敵視してはいない、むしろ通勤を最大限敵視しているが…。労働を賃金に変えて、賃金を物質に変えて、物質は死後の世界に持っていける訳でも無いのに我々はなぜ当たり前に労働を続けるのか、まぁ…暇だからじゃないですか知らんけど…。
3.5
新文芸坐シネマテークのエリオ・ペトリ監督特集を見に行った。知らない監督だったが、「ママと娼婦」の会話シーンで本作が言及され、なんとなく頭に残っていた。1971年のイタリア映画で、とある工場労働者の運命を皮肉を交えて描いている。今回の上映は満席で、隣席ガチャを外してしまい集中しきれなかったのが悔しい。

主人公ルルは工場で働いている。資本家から効率化の圧力を受けていたが、ルルは熱心で働き者だった。工場の外では労働者組合が賃上げの要望を叫び、学生運動の若者もそれに加わっている。そんな中ルルは事故で指を失い、組合員として資本家と戦うが、解雇されてしまう。仲間たちが協力して会社と交渉してくれるがーー。

本作では今見るとコテコテのマルクス的構図で労働者と資本家の対立を描いているが、現代では見えづらくなっている。物の価値を自分の労働時間に換算してしまうシーンは自分にも思い当たる。当時は売られていなかった体験や恋愛までもが商品化されていき、殆どのものが労働時間=人生に換算されてしまう。ルルは朦朧とした意識の中で天国を見るが、そこには工場で働く仲間がいて堂々巡りになってしまうというのが悲しい。

大寺眞輔さんの解説によると本作は神経症三部作の一本で、男が壊れていくさまが描かれているらしい。指のモチーフが印象的で、壁のイラストは資本家からの指示を連想し、ルルが指を失うというのは去勢不安と共にセルフコントロールを失うことへの恐怖という解説がとてもしっくり来た。

ペトリ監督はイタリア映画史の中では、ネオリアリズモ、フェリーニなどの作家、その次のシネマポリティコとして括られる作家群の中にいて、去年特集されたリナ・ウェルトミューラーも同じらしい。来週も楽しみになった。
カンヌ映画祭パルムドール受賞作。大衆闘争の時代にあってイデオロギーとは無縁な労働者の苦悩を描く社会派ヒューマン・ドラマ。監督は「殺人捜査」(1970)のエリオ・ペトリ。主演は同じくジャン・マリア・ヴォロンテ。撮影は「サスペリアPART2」(1975)などの名匠ルイジ・クヴェイレル。音楽エンニオ・モリコーネ。

1970年ミラノ。モーター工場で働く31歳の男ルル(ジャン・マリア・ヴォロンテ)は職場トップの作業スピードが自慢。出来高制の給料でせっせと稼ぎ、美容師をしている内縁の妻リディア(マリアンジェラ・メラート)とその連れ子に高級品を買い与えていた。そんな中、工場では悪化する労働条件を改善しようと労働組合が立ち上がる。彼等の動きにイラ立っていたルルは、うっかり機械に人差し指を巻き込み切断してしまう。この事故に騒然となった職場はストライキに突入。そこに脇から学生運動家マルクスたちも関わり始め、理想ばかりの机上の空論を叫び始める。ルルはケガの治療のため仕事を休み、かつての同僚ミリティーナを訪ねる。彼は優秀な工場労働者だったが、ハードワークで倒れ精神病院に入院していた。。。

かなり面白かった。どぎついメイクの怪女優メラートと工業油で顔がギトギトのヴォロンテ、作業場内を縦横無尽に動く超絶テクニックのカメラに引き込まれ、あっという間に映画に没入した。工場労働者というイタリア・ネオレアリズモからの伝統的なテーマをクールな演出でアップデートし、同時代の労働闘争をドライな視点で批評している。

主人公ルルは自ら労働マシンと化してそれを誇りとしていた。しかし指の切断によって立ち止まり、何のために生きているのかを自問し始める。悩みをさらに深めたのが仕事の手本にしていた先輩との再会。精神病院で見たのは、先輩と同じく昔は優秀だった警察官や農民たちのなれの果てだった。

終盤、再び病院を訪ねたルルは悲惨な光景を見る。叫びながら壁を叩き続ける先輩の姿。ルルはその壁の向こうの霧に中に天国を見つける夢を見る・・・。

本作は、人間にとって労働とは何かを今一度考えるべく問題提起している。そこには大衆とかけ離れた学生たちの“階級闘争”への批判も込められている。辛辣な内容だが、喜劇的なモリコーネの劇伴が映画にシニカルなムードを与えていた。

これまでノーチェックだったことを後悔するレベルの傑作。70年代初頭のイタリア映画にはATGが紹介しきれなかった日本未公開の傑作がまだまだあるようなので楽しみだ。