成瀬巳喜男監督によるトーキー第二作目、で、コメディ。

1931年の満州事変（柳条湖事件）と1941年の日米開戦（真珠湾攻撃）との間、1935年に封切られたにも関わらず、売れない詩人（兼童謡作詞者）が兵士だった頃の思い出話をしたりはするが、市井の住人たちが男も女も、チャンスだとか、OKだとか、和製英語を大っぴらに使っていて、食卓には横文字の記された輸入缶詰なども供されていたことが分かる。

ホントに日本は、敗戦の色が濃くなるまでは、日常生活レベルで大正デモクラシー、モボ・モガ全盛の延長線上にあったことが実感される。

【以下、念のためネタバレ注意⚠️】











コメディとしての出来は極めて高く、小津以上に成瀬が喜劇の名手でもあったことが確認できる。

多少「八っつぁん、熊さん」的なベタな日本的要素が加わっているとは言え、本作は、成瀬流のソフィスティケイティッド・コメディであると言って差し支えなかろう。

＊1
https://ja.wikipedia.org/wiki/ソフィスティケイテッド・コメディ

内容的にも、髪結の亭主ならぬ女優（おそらく名家のお嬢様）の収入でたつきを得ているウダツの上がらない亭主の物語だが、家事万般をこなし、女房の朝寝に文句も言わない亭主像も、この時代によくもと感心するが、最後に、二人の関係が逆転してメデタシ、メデタシとなるのは現代の価値観からすると唯一残念な点。

まぁ、時代が時代なだけに、致し方ないと言うべきかも知れないが、‥‥
その点にさえ目をつぶれば小品ながら日本史上数少ない喜劇映画の傑作、三代目金馬の珍妙な狸踊りが観れるだけでも芸能史の宝と言うべき作品だ。


《その他の参考》
＊2
https://ja.wikipedia.org/wiki/女優と詩人

＊3 昔の映画を見ています　2013-11-05 12:01
成瀬巳喜男「女優と詩人」
mukasieiga.exblog.jp/21283266/

＊4 映画を観てみたら　2021/03/27 01:00
「女優と詩人」 ＰＣＬ創成期が偲ばれる夫婦のコメディ
torrent13.blog.fc2.com/blog-entry-1135.html

＊5 『女優と詩人』（1935年3月21日・P.C.L.・成瀬巳喜男）
佐藤利明（娯楽映画研究家・オトナの歌謡曲プロデューサー）の娯楽映画研究所
2022年10月13日 13:02
note.com/toshiakis/n/n2a569ee26e76

＊6 映画「女優と詩人」（監督・成瀬巳喜男・１９３５年）
梨野礫　2024/10/27 08:59
nasino.muragon.com/entry/296.html

《上映館公式ページ》
成瀬巳喜男
レトロスペクティブ アンコール
2025.10.18〜11.14 シネ・ヌーヴォ
www.cinenouveau.com/sakuhin/naruseEncore/naruseEncore.html

家事に勤しむ夫という夫婦関係の転倒が喜劇となる、モダンなのか古臭いのかよく分からん映画。しかし最終的には「亭主らしさ」に憧れる男と「妻らしさ」を知りたい女が封建家庭へ収斂していく。
家庭的な小道具が沢山出てくる一方、トーキー初期らしくレコード(＝同期が楽な音源)に合わせて踊ったり、現実とリンクした喧嘩芝居の反復など早くも成瀬は「音」の演出に適応しつつある。

あと終盤にとんでもない事件が起こるのだが、そのドライな省略具合が恐ろしすぎる。電信柱や物干し竿、窓枠など無数の十字架へ繋がれた後に一瞬映る「賃貸」の張り紙…。

古いのでコメディ的な部分は面白くないんだが、妻が夫を尻に敷いている家庭の、倒錯した感じが良い。久々に観ても、布団の中から妻が「ごはんまあだ？」と尋ねているシーンしか覚えていなかった。ここだけとても好きだ。モダンボーイとモダンガールの夫婦の引っ越し話も良い。オチは時代的にしょうがないよね、という感じ。
家の二階で妻が芝居仲間と練習をしていて、夫に仲間の分の煙草を買いにいかせるとか、マゾヒスト的な人にはゾクゾクする設定じゃないだろうか。