働き過ぎの娘イネスを心配した父が、娘の前に変なカツラと変な入れ歯をつけてトニ・エルドマンという違う人物を装って様子を伺いにくる親子の愛(?)を描いた映画。
すごく期待値が高かっただけにとても残念だった。私はどちらかといえば評価は甘めのタイプだと思うから、今年公開した映画のだいたいはあたりだったかなと思うのだけど、その結果自分の中の今年のワースト1位は間違いなく今作になってしまうだろう。
結局なんの映画にもいえることだけど、どんなに評価されようと人気作だろうと受け取り方、感じ方、価値観の問題だから、この映画の主役である父、トニ・エルドマンのユーモアを理解できるかどうかでこの映画を楽しめるかどうかが全て決まってしまうと思う。彼の仕掛ける愛のある悪ふざけに面白さを見出せない限り、あまりに緩やかなテンポで進む2時間42分を耐えるには厳しいものがある。
実は面白そうと話題の予告編さえ正直ん・・?という違和感を感じていたのだが、父と子の映画にめっぽう弱い私に、先に観た友人何人かから絶対好きそう！と激推しされていたのもあって最後までちゃんと見れば絶対面白いんだという勝手な期待が生まれてしまったのがだめだったんだろう。結局予告編で感じた違和感がより大きくなっただけだった。
とにかくこのお父さんのギャグセンスに対して自分の笑いのツボがまったくといっていいほど合わないから失笑しか生まれない。
とくにドン引きしたのは、一人暮らしの自宅に帰ってきたら、クローゼットの中でお父さんが待ち伏せていたところ。会社で重要な話をしている時にも、友達とご飯している時にもいく先々に登場するトニエルドマンにプライバシーなんかあったもんじゃない。どんなに仲のいい家族だろうと友達だろうと、自分1人だと思って帰ってきた部屋のクローゼットに誰かが隠れてたら何考えてんの？としか思えない。今から仕事いかなきゃなのに手錠かけてはずれなくなったり、ストーカーのようにどこへいっても現れたり、娘が心配で見に来たのが発端だったけどどっちかというとお父さんの過剰な行動の方がずっと心配になってしまった。
娘も娘で、終盤からなんだか頭がおかしくなりはじめて、クライアントや恋人、恋人以外の男がくるというのに、裸で誕生日パーティをしようと言いはじめ、いよいよこの辺から完全に置いてけぼりになる。全て見せれる関係こそ信頼感が生まれるとでも言いたいんだろうか。正直そのノリについていけることと関係性の深さってまったく関係ないと思う、ましてや仲間内何人かてやるんじゃなくて会社の上司や大事な会社のお客までいる中で、もう迷走してるとしか思えない。。。むしろ少しの迷いもなく裸になってくれた秘書の女の子がいい子すぎて別のところで感動したよね。
イネスは仕事に追われせかせかと働き、そんな姿をみて「義務に追われてるうちに人生は終わっちまう」という言葉はとてもいいものだと思った。しかし娘は仕事に対して苦痛になるほど特別悩まされてるわけでもない、そんなに悪い人生だとはあまり思わないからこの映画に根本的な矛盾を感じてしまうのだ。
モアナの短編でやっていた『インナーワーキング』や『ちょっと今から仕事辞めてくる』のようにやり甲斐を見出せない、心なんて少しもないような仕事ならそんなことに人生の大事な時間をさくのはやめなよと思えるのだが、今作はそこまで悪い何かがあるわけじゃない。少なからず仕事に追われておまえ大丈夫か？と思わせる要素はあるし、プライベートの時間でもどこか義務のように動く姿は少し心配になるが、そのつまったスケジュールで自分のバランスを保ってる人だっていると思うのだ。
私の両親は共働きで朝早くから夜遅くまでびっちり仕事するタイプだったから私の、遊んでよ聞いてよに対しての"はいはい"はもしかするとイネスのように義務的になっていたかもしれない。だけどそこにまったく心がないわけではない。イネスも仕事、恋人、友達、家族でバランスをとって生きていてその結果仕事が忙しいときに他が義務っぽくなっちゃうなんて完璧な人間じゃないんだからしかたないだろうと思うのだ。
必ずしも仕事で忙しくなったりその結果多少疲れてしまうことはあまり悪いとは思わない。頑張ったら疲れるのは当たり前だし、それを乗り越えて仕事がうまくいけばそれはやり甲斐に繋がるだろう。
相手に合わせて自分の意見が100%でいえないことや、心配かけたくなくてつくささやかな嘘なんて仕事頑張ってる人はみんな多少経験したことあるだろうし、そのことを義務に追われてと呼ぶのは仕事頑張ってるあらゆる人を前面否定してしまってるように思える。
父が心配するきもちはわかるし、心配してくれる人がいるってとても幸せなことだけど、イネスにはイネスのやり方があり彼女のペースがある。今作は心配というより、そのペースを乱し混乱させているようにしか見えなくて嫌だなと思ってしまったのかもしれない。
