こうん

新感染 ファイナル・エクスプレスのこうんのレビュー・感想・評価

4.7
なんかアレな邦題だけど、滅法面白い韓国産ゾンビ映画…という情報のみで観に行ったらば予想をはるかに超えたクオリティでびっくりしました。
…どころか、最後の最後で突発的に涙腺大爆発!鼻水が気管に入って死ぬかと思ったよ。
(新宿ピカデリーで激しく悶えていたのは私です)

いやー、面白かった。
2017年の娯楽映画として申し分ない出来栄えじゃないか。
ゾンビもののジャンル映画であり、ノンストップアクションであり、セウォル号の事故を想起させる社会派映画の側面もあり、人間性の恐ろしさをカリカチュアした風刺劇であり、涙なしでは見られない家族ドラマ(ここが不意打ちだった)でもあって…完璧じゃないすか。

ゾンビ版カサンドラクロス!とか、列車版ポセイドン・アドベンチャー!(海水の代わりがゾンビ(笑))とか、いろいろ言いたくなる。

本当にね、あらゆることにアイデアを振り絞って練りに練って作り上げられている、というのが手に取るように伝わってくるんですよね。基本ジャンル映画なので、ルーティンなんだけどその中にきちんと新鮮な着想が散りばめられていたりして。
一切手を抜いていないし妥協もしていない。そこがとても好ましかった。

まず各登場人物が、社会の縮図的な類型的なキャラクター造形なんだけど、「この人はどういう人なのか」というのを細かい演出や設定で多層的に見せるので、書割キャラではなく、ちゃんと血の通った人間になっている。

主人公ソグの不人情ぶりから終盤へ向けての変化なんてやはり見事で「超ムカつくコイツ…父ちゃんがんばれ!」とまんまと感情劇場にのせられてしまう。
もちろん演じるコン・ユの巧さがあってのことなんだけど。
(余談だけど、コン・ユ目当ての女性が結構いたんだけど、ゾンビ映画慣れしてない感じの反応や終盤へ畳みかける家族ドラマへの感情の昂ぶりが、映画館内を良い雰囲気にしていた気がします)

個人的にはマ・ドンソクさん演じるサンファがヒット。
見た目はジャイアンなのに心根はやさしく、なんだかガタイもいいし格闘技系…まんまジャイアンだ(映画の)。彼がゾンビ車両を突き抜ける作戦で手短なもので防具武装するシーンに心奮えた。ちくしょう、ベタなんだけど、あがるよ!泣けるよ!
「おれが前を行く、お前は後ろを守れ」の台詞に濡れました…。
(彼の職業は何なんでしょう、それが気になりました。あと奥さんかわいい)

そしてMVPは主人公の娘を演じるキム・スアンちゃんね。
韓国の子役、特に女の子はめちゃくちゃうまい子が多いのだけど、この映画に関して僕の涙を搾り取ったのは、スアンちゃんの真に迫った芝居だ。
後半での狂った大人たちが出現する「ミスト」的な展開で、彼女のおびえる姿に心をつかまれて、そこから終盤にかけてはもうスアンちゃんの気持ちに寄り添って観ていました。

それでとある伏線があって、ラストである哀しい展開があってその伏線が生かされるのかなーと泣く準備してたら出てこなくて、「雑なホン書きやがって」と思ってたらそのあとに、本当に「ミスト」か?とバッドエンドを予感させる展開になって「そうか…それはそれで美味」なんて覚悟したら(そういう展開もありうると思わせる冷徹さが本作にはあるんです)、例の伏線が超効果的に回収されて、しかもそのセレクトがもうね、あざといけど耐えられなくって…その時私の涙は新幹線を超えるスピードで噴出しました(鼻水も)。

観ていない人には何が何だかでしょうけど、まんまと監督のエンターテインメント映画の手腕にしてやられましたよ。
ゾンビブレーキには笑ったし。

この監督、ヨン・サンホさんはアニメ畑の鬼才らしいけど、人物造形や設定の堅実でアイデアてんこ盛りのシナリオがうまいと思ったし、ウェットにもなりドライにもなり、演出の毛色や緩急が巧みでした。
ちくしょう、才人だ!

おしむらくは、最大公約数の観客を集めるためにゾンビ映画としては穏当なジャンル映画的描写になってしまっていたことですかね。1,2体くらい、ゾンビの頭部破壊はやってほしかった。手足千切れるとか、間接表現でできたと思うんだけどな。

なにはともあれ、ロメロが亡くなった年に、完璧な市民権を得たゾンビ娯楽映画を観ることができるとは、感慨深いです。だって、新宿ピカデリーの1番大きいスクリーンですよ。こんな大きいスクリーンで韓国映画を観るのは「殺人の追憶」以来かもしれない。

そうそうロメロと言えば、御大が認めていなかったダッシュゾンビを本作でもやっているんだけど、だけど「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド」における寓意(南北朝鮮の関係の暗示)や「ゾンビ」における社会批判(資本主義至上の醜さ)をきちんと踏襲していて、正当なゾンビ映画と言ってもいいと思う。ちょっと「ゾンビ」を想起させる絵面もあったりしてね。
保守的なゾンビファンは首をひねるかもしれないけど、僕は本作にきちんと“ロメロ・ゾンビの継承”を見て取りましたよ。

21世紀のゾンビ映画として、屹立した存在であると思います。
控えめに言って“ゾンビ映画の新たなマスターピース”、大げさに言えば“この大エンターテインメント映画を映画館で観ないなんてもったいなさすぎる!”といったところでしょうか。
必見っすよ!
こうん

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